さらに、何の罪もない担当軍医を後方部軍医部に異動させ、キム看護師を少尉に昇進させた上で、自分専用の軍医にした。また、軍関連の全国規模の大会にも参加させた。
地位、階級の「贈り物」をする一方で、「この恩を忘れるな」「俺の鶴の一声でお前などいくらでも追い出して、家を木っ端微塵にすることもできる」などと、脅かし続けた。そんな地獄のような日々は5年にわたって続いた。同僚は、当時の彼女は顔色が悪く、憂うつ感を訴えていたと証言した。2004年のある日。彼女は休暇を取って沙里院の実家に帰った。両親に会うためではなく、北朝鮮では違法である妊娠中絶手術を受けるためだった。
最悪の選択
両親には部隊に戻ると告げたが、戻らずに休暇を延長して、幼馴染の家で過ごしていた。
