北朝鮮が、金正恩体制を非難するビラを北に向けて散布した韓国の脱北者団体と、それを許容した文在寅政権への強硬姿勢を強めている。文在寅政権は、さっそくビラ散布を取り締まる姿勢を示すなど腰砕けの様相だが、北朝鮮がそれほど神経質になるビラとはどんなものなのか。
韓国と北朝鮮は朝鮮戦争(1950年~53年)の時以来、政府当局や民間団体がビラの散布合戦を繰り広げてきた。国連軍が朝鮮戦争において、北朝鮮と中国の共産陣営に対して散布したビラは1000種以上、計10億枚にも及ぶ。共産陣営側も負けじと大量のビラを配布し、朝鮮戦争は一部で「ビラ戦争(Leaflet War)」とも呼ばれたという。
この時期に双方が撒いたビラは、主に敵の残虐なイメージを強調するものだった。北朝鮮側は、住民を殺害する米軍兵士の姿をビラに描き、韓国側も北朝鮮軍と中国人民志願軍の兵士が住民を焼き殺し、食糧を略奪する姿を描いた。
また戦争の後半には双方とも、母国を離れて戦う国連軍兵士や中国軍兵士の士気を落とすべく、郷愁を誘う内容のビラも散布。北朝鮮側は投降した韓国軍将校が幸せに暮らしているかのような宣伝を行った。
朝鮮戦争が休戦となった後も、南北は自国の体制の優越性を誇り、あるいは相手側の「ひどさ」を強調する「ビラ」を飛ばし合った。北朝鮮が韓国に経済力で勝っていた1960年代から70年代にかけて、自国は「民衆中心の国」であり「医療費も要らず公害のない民衆が住み良い社会」であると宣伝し、金日成主席の偉大さをアピールしたビラは、一部の韓国国民に対してそれなりの説得力を持ったかもしれない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面だが、韓国が高度経済成長を経て豊かになるにつれ、ビラを通じた宣伝力でも自ずと差が付き始めた。韓国当局は1980年代、水着姿の美人タレントらの「悩殺写真」を刷ったビラを前線の北朝鮮兵士めがけて散布し、脱走と亡命を促した。
(参考記事:【写真】北朝鮮兵士が衝撃を受けた「水着美女」の悩殺写真)
こうしたグラビアの類を「非社会主義的」だと排斥する北朝鮮社会では、決してお目にかかることの出来ないシロモノだ。洗練された韓国美女の水着写真を見た18、19歳の北朝鮮兵士が、どれほどの衝撃を受けたかは想像に難くない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮側も韓国人タレントの写真を盗用して同様のビラを撒いたが、説得力の違いは歴然だろう。
そして最近、脱北者団体・自由北韓運動連合が北に向けて飛ばしたビラには、北朝鮮の一般国民が決して知ることのできない金一族の「秘密」が書かれている。ビラは、金正恩党委員長には異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏がおり、同氏は「浮気者の金正日」が既婚者であるソン・ヘリム氏と不倫関係となって生まれたと説明。金正恩氏の母で日本生まれの高ヨンヒと金正日氏も正式な夫婦ではなく「不倫関係」だったとしている。
そして、金正男氏が2017年2月、弟である金正恩氏が放った暗殺団により、マレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害されたことを暴露。その動機は、日本出身の母を持つ金正恩氏に対し、長男である金正男氏こそが本物の「白頭の血統」だったことにあるとしながら、「稀代の殺人鬼」である金正恩氏を「全民族の名にかけて必ずや処断する」と宣言している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面では、こうしたビラは北朝鮮国民に対し、どれほどの影響力を持つのか。ビラの多くは非武装地帯などの韓国側地域に落下してしまい、北朝鮮国民に届くように飛ばすのは簡単ではないとされる。
だが、「少数でも人々の目に触れるならば、与える効果は絶大だ」と韓国在住の脱北者男性が話す。
「情報が厳しく統制されている北朝鮮社会でも、今や海外の話題も含め、様々な噂話が口コミで広く拡散している。それでも、金一族に対するこうした情報はほとんど伝わっておらず、事実を知った時の衝撃は大きいのです。私は1980年代に、韓国と旧ソ連が首脳会談を行ったことを知らせるビラを見たことがあるのですが、ものすごくショックでした。『ソ連はわが方のはずなのに、なぜ!?』という感じです。韓国からは、ビラと同じような内容を短波放送でも飛ばしていますが、聞く機会を得るのは難しい。でもビラは一目で読むことができるし、回し見もできる」
脱北者団体は、ビラと一緒に同様のコンテンツを記録したSDカードやUSBメモリも飛ばしているが、北朝鮮当局は国内で使用される情報端末に、特別な認証を受けた記録媒体でなければ再生できなくする処置を施しているとも言われる。
しかし単なる紙のビラであれば、北朝鮮の人々の下に届きさえすればよいのだ。
このところIT技術レベルを上げ、海外からの心理戦に対して様々な自衛策を講じている北朝鮮だが、体制そのものが致命的なぜい弱性を抱えている限り、それを攻略する手段が絶えることはないのだ。