北朝鮮当局は、新型コロナウイルスの流入を防ぐために今年1月末、国境を封鎖し、貿易を停止する措置を取った。市場で売られる工業製品の9割を中国に依存していると言われている北朝鮮だけあって、貿易の停止はモノ不足、物価高騰など、経済や人々の暮らしに深刻な打撃を与えている。
そんな国民の苦境を知っているはずなのに、朝鮮労働党中央委員会政治局会議は今年4月、「国家経済と国防建設に必要な物資を優先的に輸入し、一般物品の輸入は縮小すべき」という内容の党中央委員会及び内閣の共同決定書を採択した。要するに「不要不急の輸入はするな」ということだが、これがさらなる物価の高騰を招き、必要な物資の供給まで滞る事態を生んでいる。
(参考記事:新型コロナ「買い占め」混乱下で金正恩がハマる自滅の道)そんな中、糖尿病や高血圧など、新型コロナウイルスの高リスク群と言われている人々の間に不安が広がっている。医薬品の不足が深刻化しているからだ。
デイリーNK内部情報筋によると、共同決定書が採択されてから、市場での医薬品の購入がさらに困難になった。医薬品も「不要不急」扱いされて、輸入ができなくなっているからだ。
情報筋は、「食用油、調味料、化粧品なら使わなくても生きていけるが、糖尿病患者が必要とするインシュリンが輸入されなくなり、市場で価格が高騰している」と現状を嘆いた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮は、国内でももちろん、医薬品を製造している。平安南道(ピョンアンナムド)の順川(スンチョン)、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)をはじめ、国内10数カ所に製薬工場があり、医薬品の製造を行っているが、国内需要を満たせるほどの生産ができないため、多くの輸入に頼っている。
別の情報筋によると、順川製薬工場では先月、貿易の停止により品不足に陥ったペニシリンを求めて数多くの商人が押しかける事態が発生した。咸興製薬工場も同様の事態に陥った。商人は大量に買い占めたペニシリンやストレプトマイシンを売り惜しみしており、ペニシリン1瓶の価格は、2月初めの2000北朝鮮ウォン(約24円)から、3月末には3800北朝鮮ウォン(約46円)まで高騰した。
中朝間の公式の貿易はストップしているが、当局をバックに付けた貿易会社は、税関の協力を得て密輸を行っている。しかし、食料品がメインで、医薬品はなかなか入ってこない。個人が下手に密輸に手を出すと、金正恩党委員長の命令に背いた政治犯扱いとなり、最悪の場合は死刑にされてしまう。
(参考記事:金正恩ルールの違反者「サラダ油」で処刑の危機)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
そもそもの話、北朝鮮の医療はすべてが無料で受けられることになっているはずだ。しかし、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の前に無償医療体系は崩壊し、国営の病院で診察、検査を受けるにはワイロは欠かせず、医薬品は市場で購入しなければならない。
(参考記事:若い女医の死で幕を閉じた北朝鮮「恐怖病棟」での出来事)
カネがあればそれなりの医療が受けられたが、今はカネがあっても医薬品を入手できない状況に陥っている。平安北道(ピョンアンブクト)の別の情報筋は「幹部や貿易会社の関係者などは、頻繁な飲酒で糖尿病や高血圧を患っている人が多いが、貿易がうまくいかない上に、薬も得られず地団駄を踏んでいる」と伝えた。中には、命の危機に瀕している人すらいるとのことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一時は「間もなく中朝貿易が再開される」との噂が流れたが、北朝鮮と国境を接する中国東北が新型コロナウイルス第2波の中心地となってしまい、ぬか喜びに終わった。
それに伴い、ただでさえ不足していた医薬品がさらに不足する事態となり、慢性疾患を持つ患者の間から不安の声が上がっている。