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27日午前、光化門(クァンファムン)広場。生死さえも不明な北へ拉致された人々の名前を呼ぶ家族の切ない声が鳴り響いた。

北朝鮮自由週間の一環で開催された『国軍捕虜・北へ拉致された人の名前を呼ぶキャンペーン』会場では『私たちは決してあなたを忘れない』というプラカードが家族の切実な思いを訴えていた。

『朝鮮戦争拉致被害者家族協議会』の李美一(イ・ミイル)理事長は、挨拶を通じて「決して忘れられない家族が祖国と家族の元に帰ってくるように願い、真心を込めて彼らの名前を呼びましょう。彼らに発展した祖国、韓国を見せてあげたい。彼らは経済発展を成し遂げた韓国という国が自国民の責任を負う品格のある国家になることを願うだろう」と話した。

引き続き「北朝鮮が拉致を認め、家族を帰すためにも、今日のような国際的連帯行事を通じて促すべきだ。韓国に残っている家族にこれ以上待つ時間はない」と付け加えた。

この日の行事には李理事長の母・キム・ポンナムさん(90)が、高齢にもかかわらず、拉致された夫イ・ソン}ン氏(92)の名前を呼ぶために参加。補助なしでは歩くことも不自由なキムさんは行事の開催中、終始あふれる涙を抑えることができなかった。彼女は、震える声で夫の名前を含む拉致被害者5人の名前を真心を込めて一つ一つ呼称した。

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李理事長は「朝鮮戦争が起きた1950年9月の事です。北朝鮮政治保衛部を名乗る人が突然家に押しかけて、『調査が必要だ』と父を連れて行ったとのことです。父は『すぐ帰ってくる』と言ったが、それが母が見た父の最後の姿だったと聞いています」と父親の拉致状況を証言した。

当時、二才だった李理事長には父親の記憶はない。父の名前と写真を見ながら会えぬ父に思いを馳せるしかなかった。李理事長は「母は、いつも言います『いいお父さんだったのよ。死ぬまで帰ってくるのを待つわ」と。しかし、不自由な体になるぐらい老いた母にはもう時間がないのです」と焦燥感を表す。

日本から参加した「救う会」の西岡力氏は、「来年には『名前を呼ぶ』のではなく、『歓迎会』をしたい」と主張すると同時に、拉致問題の国際連帯を訴えた。

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キム・ヒョンウク『国際外交安保フォーラム』理事長は「北朝鮮政権が崩壊する時に家族は再会できるだろう。私たちが彼らの名前を呼ぶ時、その可能性はより確実になる」と話す。

米国から参加したスザンヌ・ショルティ『北朝鮮自由連合』代表は「金正日は、拉致問題で直接に関係する韓国だけでなく、10ヶ国以上の国も拉致問題で苦しめられている。この問題について多くの機関の協力が脱北者と共に成り立つ時、金正日体制に対抗する重要な武器になるだろう」と訴えた。

『朝鮮戦争拉致被害者家族協議会』と『反人道犯罪調査委員会』の主催で開催される『名前を呼ぶキャンペーン』は、ウォンピョ公園で28日まで続く予定。

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