北朝鮮での児童虐待に歯止めをかけた「資本主義の力」

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北朝鮮の社会主義憲法は、第3条で「朝鮮民主主義人民共和国は人間中心の世界観で、人民大衆の自主性を実現するための革命思想であるチュチェ思想、先軍思想を自らの活動の指導的指針とする」と謳っている。

この「人間中心の世界観」は、人間の尊厳を指すものというのが一般的な解釈だったが、韓国のインターネットメディアのニューデイリーは、今年4月の改憲で「朝鮮民主主義人民共和国は偉大なる金日成ー金正日主義を国家建設と活動の有益な指導的指針とする」に変更されたと報じた。

「人間の尊厳」という世界共通の基本的な理念すら、憲法から排除してしまった北朝鮮だが、そんな憲法があってもなくても人間が大切にされていないことには変わりがない。そんな国のあり方が、子どもたちにも影響を与えているとする内容の報告書が発表された。

韓国の人権団体PSCOREが11月27日に発表したのは、「逃れることのできない暴力2019」報告書だ。今年2月、韓国に住む脱北者151人を対象に実施した、北朝鮮国内での児童虐待の実態に関するアンケート調査を元にしたものだ。

それによると、回答者の半数以上が児童虐待を受けた経験があり、うち85%は身体的な虐待を経験している。ここには、大人から子どもに対するものだけではなく、子ども同士のものも含まれ、虐待は家庭、学校、各種機関、路上など様々な場で起きていると指摘している。

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報告書は「北朝鮮に蔓延する暴力的文化が児童虐待につながっている」とし「北朝鮮当局は子どもの権利条約及びその他の国際条約の加盟国であるにもかかわらず、その義務を果たしておらず、子どもたちを虐待から保護するための措置をとることに失敗した」と批判した。

一方で報告書は、虐待の状況が改善しつつあることも指摘している。

調査は、対象者を出生年度を4つのグループに分けて分類しているが、遅くなるほど虐待の経験が著しく減少していることが現れている。身体的虐待の経験を問う質問に、1949年から1964年生まれは70%が「ある」と答えたが、1965~1980年生まれは49%、1981~1996年生まれは39%、1997~2013年生まれは19%で、年を追うごとに減少していることが現れた。

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北朝鮮で教職についた経験を持つ複数の脱北者は、2000年代以降には学校での体罰は頻繁ではなくなり、教師の間で児童に体罰を行わないようにしようとの話が交わされ、体罰を行った教師が教職の資格を剥奪された例もあったと述べている。

さらにこのような経過の背景について、「出生率が低くなっているので、親はたったひとりの大切な子どもが殴られることを容認しない。親は北朝鮮政府に暴力を使う教師を処罰するよう要求し始めた」との証言もなされている。

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北朝鮮の人々の間で近年、権利意識が高まりつつあるとの報道も一部で出ている。そのような流れが児童虐待の減少につながっているのかと思いきや、回答者らが改善の理由として挙げたのは市場経済の発展だ。

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ある回答者は、「1990年代後半から政府が国民間の物品の取引を認めるようになったことで、金銭の重要性が増し、カネと暴力の問題が結び付けられるようになった」とし、「(北朝鮮国民は)子どもが他の子どもや教師に暴力を振るわれたら、金銭的補償を要求できると認識するようになった」と述べている。

つまり、食料品や生活必需品を国からの配給で賄われていた時代には、贅沢品や嗜好品を買うための小遣い程度の価値しかなかった現金が、配給システムの崩壊と市場経済の発展によって急速に重要性を持つようになり、それが物理的暴力への抑止力にもつながるようになったという見方だ。

しかしそれは同時に、持たざる者への暴力の放置へと繋がる。

報告書は「裕福な家庭の子どもは、教師と当局にカネ(ワイロ)を払うことで身体的虐待を回避できるが、貧しい家の子どもは依然として身体的虐待の被害者となっている。カネの重要性増大は、このような差別をむしろ強化している」と指摘し、現在の虐待減少を肯定的な変化として見るべきかについては慎重な判断を要すると指摘した。

また、「韓流の影響」を指摘する回答者もいた。若者たちが韓流のロマンチックなドラマを見ることで、過去の世代とは異なり、暴力が旧時代的だと考えるようになったとする意見だ。

(参考記事:北朝鮮、韓流ドラマを見た中学生を逮捕

韓国のテレビ番組は、性暴力を含めた暴力表現、自殺、差別などについて厳しい基準のもとで放送されており、これが北朝鮮社会に肯定的な影響を与えていると考えられる。ただし、映画はレイティングシステムがあるものの、暴力シーンなどの規制は非常に弱く、韓流だからと一概に非暴力的とは言えない。

報告書は「北朝鮮で起きている広範囲な児童虐待は、北朝鮮当局に責任があるという点が強調されるべきだ」として、北朝鮮当局が子どもたちの権利と尊厳が保たれるように、国連児童の権利条約で求められた措置を図るように勧告している。