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1998年3月に起きた「ムジェボン・スローガンの木事件」は北朝鮮の人なら誰でも知っている事件だ。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)にあるムジェボンという山で、山火事が起きた。大飢饉「苦難の行軍」の真っ只中にあったころ、農民たちは生きていくために山に火を放ち焼畑を行っていた。ところが、それがそばにあったムジェボンという山に燃え広がった。

ムジェボンは、日本の植民地支配に抗う抗日パルチザンが、木に刻み込んだスローガンが残っており、革命の聖地とされる場所だ。その真偽は定かでないが。

聖なる木を守るために、地域住民のみならず、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の海軍兵士が多数動員された。火を消すために、土をかけ、自分の着ていた服を脱いで木にかぶせるなど懸命の消火活動を行ったが、結局17人が煙に巻かれて亡くなり、3人が全身に火傷を負ったもののなんとか一命はとりとめた。17人には共和国英雄の称号が送られ、生き残った3人には勲章が送られた。

金正日総書記は2004年12月、火災現場で生き残った3人に会った。傷の酷さを見た金正日氏は、3人を中国で治療を受けさせることを指示し、中国医学科学院整形外科医院で1年近い入院生活を送った。

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うち一人のキム・ヨンオク氏は2005年12月に帰国した。再会した金正日氏は「ヨンオクがとてもきれいになった」と喜んでいたという。彼女は金正日氏に「革命戦士として当然のことをしたに過ぎないのに、英雄にして下さるなんて、将軍様の愛に涙を流しました」との手紙を書いたという。

命を投げ出して聖なる木を守った崇高な精神を見習おうとして、「首領決死擁護精神」運動が全国的に繰り広げられ、亡くなった17人と生き残った3人は、英雄として持ち上げられた。

それから7年。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は21日と22日の両日、7年前にスローガンの木を守って犠牲になった17人の兵士についての記事を掲載した。生き残った3人については、将軍様の愛とご配慮のもとで暮らしているとして、写真を掲載した。

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