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チュニジアとエジプトを経て、民主化の熱風がリビアのカダフィ国家元首を直撃し、今後の北朝鮮当局の対応に関心が集められている。

北朝鮮の立場としては、カダフィ元帥の今後去就は、チュニジアやエジプトの事態とは比べ物にならない程の破壊力がある。

歴代の中国の指導者を除けば、北朝鮮住民に最も馴染みの深い外国の首脳を挙げるならば、断然カダフィ元帥だ。

カダフィは、1982年10月に平壌を訪問、金日成と親善協力同盟条約を結び、北朝鮮と厚い関係を維持してきた。

カダフィの訪朝エピソードは、今でも北朝鮮住民の間で話題に登っている。訪朝当時、軍服を着ていたカダフィは、北朝鮮軍の大佐に該当する階級章を付け、腰には拳銃を装着していた。金日成と会うために主席宮(現在の錦繻山記念宮殿)に到着した際、彼が白い手袋をはめた美しい女性警護員に囲まれていたが、これは非常に異色な記憶として残っている。

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この当時、北朝鮮の官営メディアは「大リビアの若い指導者(カダフィ)は、中東国家の中で唯一米国と対抗し、堂々と大声を上げる国家元首で、リビアは中東地域の朝鮮民主主義人民共和国」と褒め称えた。

特に、幹部には「進むべき道がわからず右往左往していたカダフィ元帥は、偉大な首領様(金日成氏)から『主体思想』を習い、リビアを建設するために平壌にやって来た」と宣伝した。

この為、北朝鮮の高齢者の間では、今でも「リビアは共和国(北朝鮮)の指導を受けており、さらに平壌式の都市を建設するために、共和国の技術者を依然として招聘している」と考える人が多い。

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90代初頭にリビアで建設ブームが起きながら、北朝鮮も外貨稼ぎ目的で人材輸出を積極的に行った。90年代中盤には平壌住民の生活を向上を名目に、出身成分を厳しく制限しリビアへ労働者を派遣した。2〜3年間の仕事を終えて帰国した労働者らには『リビアでの経験を一切口外してはならない』という誓約書を書かせた。

しかし、リビアへ派遣された労働者を通じて、リビアの発展した姿が北朝鮮住民に詳細に伝えられた。「リビアは本当に素晴らしかった。リビア人民ら良い暮らしをしている。石油が多い為、住民は仕事をしなくても良く、建設等の重労働は外国人が担当している」との話が流れた。

北朝鮮住民は、中国や韓国が北よりも裕福であると悟る前に「リビアは裕福」と認識していた。今でも南朝鮮と表現せず、リビアと迂回して表現を使う場合がある。家族が脱北し韓国に行った人に「お宅の息子がリビアに行ったというが、仕送りはあるのかい?」と言う。

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リビアでは北朝鮮よりも何百倍ものお金を手にすることが出来た。派遣労働者に登録される為には、幹部らにこぞって賄賂を送った。選定されれば、「死んだ先祖が生き返るよりも嬉しい」との洒落さえも聞かれた。

国際社会においても、カダフィと金正日は似たもの扱いされている。「反米」を国政の目標にし、数十年に渡って独裁を貫いてきた。また、息子への権力世襲を行い、死後も王座を維持しようとしている。

しかし、カダフィは王座が揺れ動いている。金正日・金正恩を初め、軍首脳部、党の宣伝幹部、北朝鮮住民もリビアの状況に当惑しているだろう。

リビアの民主化のニュースは、チュニジア、エジプト、イランとは比較にならないほどの重要な要素である。

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