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北朝鮮は、今年3回目の南北首脳会談のために18日から20日まで訪朝した韓国の文在寅大統領を、国を挙げて歓迎した。大統領夫妻と接する金正恩党委員長の態度を見ても、本当に全力で歓待している様子がうかがえた。

北朝鮮当局は、かなりの時間をかけてこのときに備えていたようだ。黄海南道(ファンヘナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、北朝鮮当局は7月末から、「われわれが平和統一を主導している」とする内容の講演を各地で行い、その中で「南朝鮮や、文在寅大統領について悪く言ってはならない」ということを強調していたという。

4月27日に1回目の首脳会談が行われて以降、北朝鮮国内では鉄道・道路の連結や山林の再生事業のため、韓国側の人員が活動する機会が増えた。講演は、こうした活動を円滑に進める目的もあったろうが、やはり文在寅氏の訪朝も念頭にあったはずだ

しかし、件の講演が行われていたのと同じ時期、黄海南道から遠く離れた中朝国境地帯では、まるで逆の内容の思想教育が行われていた。

デイリーNKが入手した北朝鮮当局の内部資料「沿線(国境)住民政治事業資料」は、韓国について「人間としての情が乾ききるにとどまらず、母性愛すらなくなった社会」であるとして、「(韓国が)われわれ(北朝鮮)の内部に資本主義に対する幻想を醸成しようと悪辣に策動している」と主張。また、韓国で発生した猟奇事件を例に挙げつつ、韓国社会は「人間生き地獄」であると表現している。もっとも実際には、韓国より北朝鮮の方が殺人事件の発生率は高いのだが。

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韓国への誹謗中傷は、さらに続く。韓国女性について、「子どもが人生の模範とすべき高尚で立派な母は、どこを探しても見つからない」「母としての本能すらも失い、変態的で堕落した生活をしている」などと決めつけているのだ。

これが言いがかりであることは説明するまでもないことだが、むしろ「変態的で堕落した生活」は、権力者のやりたい放題に歯止めのかからない北朝鮮にこそ見られる。

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金正恩党委員長の側近のひとりである崔龍海(チェ・リョンヘ)朝鮮労働党副委員長は、その典型例と言える。

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それにしても、北朝鮮当局が同じ時期にこのような相反する内容の政治宣伝を行う理由はどこにあるのか。これについて、中朝国境に面した両江道(リャンガンド)の情報筋は、次のように説明する。

「中国から流れ込んでくる情報と接する機会の多い国境地帯の住民と比べ、黄海南道など国境から離れた地域の人々は、当局の言うことをそのまま信じてしまう傾向が強い」

つまり、海外事情に通じた国境沿いの住民には、韓国社会の悪い部分を強調して思想統制を行う必要があるが、当局が従来行ってきた韓国批判を信じている住民たちに対しては、その度合いを和らげる必要があったということだ。

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こうした北朝鮮国内の矛盾を見ていると、金正恩氏のホンネがどこにあるのか、見極めるのが難しくなってくる。ひとつ言えるのは、金正恩氏が仮に、腹にイチモツ持って文在寅氏を歓待していたとするなら、彼の演技力は相当なものであるということだ。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記