北朝鮮女性の間で、秘密警察である保衛員と、警察官に相当する保安員の人気がダダ下がりで、本人たちが意気消沈しているもようだ。

最近、中国を訪問した40代の平壌市民が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところでは、「私たちが若いころ、保衛員や保安員と言えば女性が結婚したい相手の職業のナンバーワンだった。今では逆に、若い女性らは彼らとの結婚を避ける傾向を見せている」という。

保衛員と言えば、体制守護を担ってきたエリートであり、公開処刑や拷問、政治犯収容所の運営を担当する「恐怖政治の象徴」である。役割上の違いもあるが、保安員もまた同様の位置づけだ。敵に回すと怖いが、味方にしておけば心強いはずだ。

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それなのに、若い女性たちの胸中で何が起きているのか。前出の平壌市民が続ける。

「保衛員と保安員が、善良な人々から搾取して生きているのは誰でも知っている。ワイロを脅し取って暮らす保衛員や保安員の中に、無実の人を重犯罪者に仕立て上げた経験のない者がどれだけいるだろうか」

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たしかに、そのとおりだ。いかにエリートとは言え、彼らも貧乏国家の末端官吏に過ぎない。ろくに予算もない上に、国家から上納金を要求されてもいる。そこで、保衛員や保安員は自らの権限を悪用し、庶民からワイロを搾り取っているのだ。言うことを聞かなければ、濡れ衣を着せて殺してしまうこともあるとされる。

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以前なら、北朝鮮国民の中には彼らを恐れるあまり、敵に回すよりは味方につけようと考える人も多かった。ところが、それが変わってきているという。

「最近の南北首脳会談や朝米首脳会談を見ながら、人々は一気に世の中が変わることもあり得ると考え始めた。世界が変わったら、庶民を虐げてきた保衛員や保安員はもちろん、その家族までもが報復の対象になりかねない。最近は、自分の子どもが保衛員や保安員の家庭の子と仲良くすることさえ嫌う母親もいる」

これは、相当に大きな意識変化である。つまりは北朝鮮の人々が、「金正恩体制ではない北朝鮮社会」を、うっすらとは言え意識し始めたということだからだ。そのイメージが強まったとき、体制の権威は崩れていく。

すでに北朝鮮においては、朝鮮労働党の権威がかなり低下している。かつては「党員にしてやる」と言われれば、あらゆる形のワイロを捧げるものだったが、最近では「党員の義務が増えるだけ面倒だ」との風潮が広がっていると聞く。

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人々の心の中でいったん自由の風が吹き始めたら、それを抑え込むのは至難の業なのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記