北朝鮮国営の朝鮮中央通信は25日、金正恩党委員長が朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第525号工場を視察したと伝えた。同工場は、納豆など軍人向けの食料品を生産しているもようだ。

同通信によれば、金正恩氏は新設された納豆液体種菌生産工程を見て回り、「全軍的に大豆栽培を重視して大豆の生産が増えるのに合わせて軍人に大豆の料理を多様にして与えなければならない、特に味もよくて健康にもよい納豆を日常的に給食させなければならない」などと述べたという。

つまりは「納豆はおいしくて体にも良いから、たくさん作って兵隊にいっぱい食べさせろ」ということだ。金正恩氏は母親が日本生まれということもあって、納豆の魅力についても良く知っているのかもしれない。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈

朝鮮労働党機関紙の労働新聞はこのニュースを、1、2面を使って大きく報じた。非核化の動向が世界の注目を集める中、北朝鮮メディアが金正恩氏の「納豆視察」をアピールするのはなぜなのか。これについて韓国メディアは、たとえば次のような解説を加えている。

「非核化などを推進する上で募りかねない軍内部の不満をなだめる意図もありそうだ」

しかし筆者の分析は、これとは大きく異なる。金正恩氏の目的はズバリ、「軍の崩壊阻止」にあると見る。

窃盗や強盗、性的虐待の横行など北朝鮮軍の軍紀は乱れに乱れている。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

中朝国境や韓国と対峙する軍事境界線では兵士の脱走・脱北が頻発し、国の重要施設に落書きをしまくって処刑される大佐まで現れた。

(参考記事:北朝鮮軍の大佐「落書きしまくり」で公開処刑か

これらの問題の根っこにあるのは、兵士たちの「飢え」だ。かつてとくらべ食糧事情が改善した北朝鮮において、最も飢えている集団は軍の末端兵士たちだとも言われる。現在の北朝鮮軍では将校といえども、生きていくのに必要なだけの給料や配給を受け取れない。そこで将校たちは、協同農場から送られてくる食糧を横流ししてしまう。

そして兵士が飢え、犯罪に走る。軍紀を引き締めようにも、腐敗した上層部にはそれを主導する力がない。

そのような悪循環で荒廃した軍は、近い将来、北朝鮮に深刻な社会不安をもたらしかねないと筆者は考えている。それを少しでも食い止めるために、金正恩氏は、「兵士たちの食の問題について、自分はちゃんとわかっている」とアピールする必要を感じたのではないか。

しかし、そんな小手先のやり方で解決できるほど、この問題は小さくない。米韓と早急に関係改善を進め、軍のダウンサイジングを図ることなしには、事態の好転は見通せないのではないか。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記