北朝鮮の体制を支えているのは金正恩党委員長の恐怖政治であり、それを末端で支えているのは保衛員――すなわち秘密警察だ。そんな彼らの間で最近、国に対する不満が高まりつつあるという。その理由を、咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。
保衛員は、国家の意思に逆らう者には拷問もいとわず、見せしめとして行われる公開処刑の実行者でもある。北朝鮮では、文字通り「泣く子も黙る」存在だ。
(参考記事:「北朝鮮で自殺誘導目的の性拷問を受けた」米人権運動家)ところが最近、彼らの身の周りに変化が起きている。従来は配給などで優遇されていたのに、生活苦に喘いでいるというのだ。
北朝鮮当局は昨年来、住民に対する引き締め策として「非社会主義的現象」(当局が社会主義にそぐわないとみなした行為)に対する取り締まりを強化しているが、末端の保衛員たちは取り締まりに大忙しだ。
彼らなりに一所懸命働いているのだが、暮らし向きは悪くなるばかりだ。昨年秋に1年分の配給を受け取ったが、7割は水に濡れたトウモロコシ、3割はきちんと乾燥させていないコメで、それも実際には半年分の量にしかならなかったという。また、燃料、衣服なども充分に配給されなかった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「朝鮮労働党は毎日『住民統制を強化せよ』との指示を下すばかりで、保衛員の生活の面倒を見ようしない。そのせいで、われわれの生活はむちゃくちゃだ」(ある保衛員)
子どもの教育問題も解決できず、「転職したい」「普通に商売をして暮らしたい」と愚痴っているとのことだ。
しかし、商売をしようにも種銭がなく、住民統制と監視ばかりして生きてきた彼らは、商才もない。彼らの収入源と言えば、庶民からワイロをむしり取ることぐらいだったが、人々の財布のヒモも固くなっている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そのうえ、日頃からの横暴で恨みを買っており、誰かにアドバイスを請うこともできない。何をどうすればいいのかわからず、途方に暮れているという。それどころか、ときには庶民の恨みが爆発し、悲惨な運命を辿ることも少なくない。
(参考記事:「人民の名で処断する」…悪徳権力に「血の復讐」を始めた北朝鮮の人々)別の情報筋によれば、「保衛員の中でも恵まれている国境地域の勤務者は、密輸業者からワイロを搾り取って大儲け」というのはすでに過去の話となり、今では密輸業者を訪ねて「密輸の仕事はないか」と頼み込むような始末だという。
「非社会主義的現象」に対する取り締まりキャンペーンで摘発した人を、ワイロでもみ消したある保衛員は、それを逆に密告されてクビになってしまった。クビにならずとも「革命化処分」の対象となり、建設現場で肉体労働をさせられる事例もあるという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面この保衛員は「商売人の方が保衛員より良い暮らしをしている。クビになってせいせいした」とうそぶいたという。
金正恩党委員長は、従来の核と経済の並進路線から、経済優先の路線に舵を切り、経済再建を大々的に宣伝している。しかし情報筋によれば、保衛員たちは「豊かな暮らしができるのは一体いつになるのやら」と嘆き、「国や指導者への信頼感が崩壊しつつある」と述べたとのことだ。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは… )高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。