北朝鮮と韓国は22日、南北赤十字会談を北朝鮮の金剛山(クムガンサン)で開き、朝鮮戦争などで生き別れとなった離散家族の再会行事を8月20~26日に行うなどとする共同報道文を発表した。南北双方から各100人が参加するという。

再会行事を行うこと自体は、4月27日の首脳会談で合意されていたことだ。再会行事は2015年10月以来となる。

つまり、赤十字会談は既定路線どおりの結果となったわけだが、北朝鮮側の態度には不穏なものが残る。朝鮮中央通信による公式報道で、行事の日時や参加人数などの詳細を、隠す必要もないのに敢えて伏せたのだ。

実は赤十字会談の前、再会行事が本当に行われるかどうかを危ぶむ声が、韓国側にはあった。その背景には、北朝鮮が昨年から執拗に続けている「美女奪還」作戦がある。

(参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は5月29日、中国の北朝鮮レストランから脱出し韓国に亡命した女性従業員12人の送還が、南北対話継続の「先決条件」であるとする論評を配信した。ときにアイドル並みの美人ウェイトレスが人気を博してきた北朝鮮レストランの問題は、韓国でも関心が高い。韓国政府としては悩ましい要求である。

(参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発

2016年4月に発生した女性従業員らの集団亡命を巡っては、韓国の朴槿恵政権(当時)の工作による「企画脱北」であったとの疑惑が提起されている。

これを受けて論評は、「朴槿恵逆徒の反人倫的犯罪を庇護し、隠ぺいしようとするなら、それは積弊清算を願う南朝鮮民心に対する露骨な反逆であり、板門店宣言の履行に逆行する重大な犯罪行為である」と強調し、これまでのところ送還を拒否している韓国側に揺さぶりをかけたのだ。

そして、北朝鮮側からのこうした「脅し」は、金正恩党委員長から直接下された命令に基づくものであるとの情報が浮上している。脱北者で平壌中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表が韓国メディアに明かしたところでは、金正恩氏は5月上旬、朝鮮労働党中央委員会の対南事業担当の幹部らに対し、「何が何でも(女性従業員らを)連れ戻せ」「そのための対策を立てよ」といった趣旨の指令を下したのだという。

北朝鮮当局は脱北者を懐柔、あるいは拉致して国内に連れ戻す作戦に力を入れてきた。仮に韓国政府が送還に応じたら、まさに「大戦果」である。

韓国政府はこれまで、いったん脱北して韓国入りした人については、たとえ本人が希望しても北朝鮮へ帰ることを許さなかった。これには、人道的な見地から問題がないわけではない。しかし、「韓国に来てみたけど、期待はずれなのでやっぱり帰る」ということを許容してしまうと、北朝鮮の工作員は脱北者に偽装し、容易に韓国社会に浸透できるようになる。

恐らく、対話維持を重視する文在寅政権の中には、「できれば彼女らを帰してしまいたい」と考える向きもいるだろうが、くれぐれも北朝鮮の脅しに屈することがないよう、韓国のメディアは監視を強めるべきだ。

(参考記事:20代美人ウェイトレスを直撃…「北朝鮮レストラン」の舞台裏

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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