6月12日、米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩党委員長が史上初の米朝首脳会談を行った。筆者は会談を現地からリポートするためシンガポールを訪れていた。赤道直下に位置するだけに気温は32度、湿度は60%という厳しい暑さだ。
金正恩氏のトイレ問題
過酷な暑さにもかかわらず金正恩氏は10日にシンガポール入りした時からいつもの人民服だった。会談時は別として、筆者は金正恩氏が夏期に着用する白の開襟シャツで過ごすのでは?と思っていたが、そうではなかった。ここ最近の金正恩氏の肥満はどんどん進んでいる。あの体型ではこの暑さも相当堪えただろう。
暑さ対策も含めて、金正恩氏の健康状態を保つために北朝鮮側も入念な準備をしてきたことは、国内の視察で愛用している専用ベンツをもちこんだことからもわかる。このベンツには警備上の問題や金正恩氏のトイレ問題のストレスを和らげるため、彼のトップシークレットが隠されているという。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)金正恩氏は会談前日の11日夜、いきなりシンガポールの観光施設を視察するという意外な行動に出た。視察では同国のバラクリシュナン外相とイーカン教育相と、自撮りの形でスリーショット写真の撮影にも応じた。写真はSNSにもアップされているが、やはり人民服姿である。
その屈託のない笑顔は、これまで伝えられてきた残虐な独裁者というイメージからはかけ離れたものだ。しかし、金正恩氏は、気にくわない朝鮮人民軍幹部を人間をミンチと化する残忍な方法で処刑し、叔父である張成沢(チャン・ソンテク)氏も処刑した。母親違いの金正男(キム・ジョンナム)氏は外国で暗殺した。
(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
残虐な独裁者のイメージが染みついた人民服姿の金正恩氏が南国のシンガポールでリゾート気分を味わうというシーンは実にグロテスクだ。
会談当日の12日午前、金正恩氏が宿泊するホテル前をウォッチしていると慌ただしい動きがあった。まずは軍服姿の努光哲(ノ・グァンチョル)氏が姿を見せ、続けて李容浩(リ・ヨンホ)氏や崔善姫(チェ・ソニ)氏が車に乗り込んだ。周囲の報道陣もざわめきはじめた。しばらくして金与正(キム・ヨジョン)氏がせわしく動く姿が捉えられた直後、金正恩氏を乗せたベンツが会談会場であるカペラホテルに向かった。
そして午前9時、米国と北朝鮮の国旗が交互に立てられたスペースでトランプ氏と金正恩氏が握手するという歴史的な瞬間が訪れた。暑さのせいもあるのか、その瞬間を現地で見ていると高揚感に包まれると同時に複雑な思いに駆られた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「二人の握手は平和を告げるものなのか、それとも最凶タッグ誕生の瞬間を告げるものなのか…」
カペラホテルで両者が対面した時、前日の自撮りとはうってかわり金正恩氏の表情は硬かった。父・金正日総書記や祖父・金日成主席が成し遂げられなかった悲願を成し遂げる。34歳で世界の大国・米国と1対1で相対するとなれば、硬くなるのも当然だろう。金正恩氏にとって初の中朝首脳会談以上の緊張感が漂っていた。
(参考記事:【動画】習近平氏の前で大人しくなった金正恩氏)一方のトランプ氏の表情も硬かったが、こちらは金正恩氏に対する威嚇の意図があったのかもしれない。それでも時間が進むにつれ両者の緊張はほぐれたようだ。金正恩氏はぎこちなかったが、トランプ氏のトークに笑顔で応え、ボディランゲージにも応えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面両者が椅子に座って報道陣の前で会談している時、トランプ氏は金正恩氏に向かってサムズアップ(親指をたてるしぐさ)をした。金正恩氏もときおりサムズアップで喜びを表す時があるが、まるでブラックコメディのようだ。
会談後に開かれた拡大会談には、対北朝鮮最強硬派とされるボルトン大統領補佐官が同席した。過去に金正日総書記を「圧政的な独裁者」と呼び、北朝鮮で生きることを「地獄の悪夢」などと発言した人物である。米朝対立史を少しでも知っている人間ならば、金正恩氏がボルトン氏と同じテーブルにつく姿など想像すらできなかっただろう。
70年にわたって対立していた国家の指導者が握手をするシーン自体が、半年前には考えられなかったものであり、想定外で奇妙なシーンが続くのもさもありなんだ。
トランプ氏と金正恩氏の会談が世界が注目するに値するものになったことは疑いようがない。しかし、署名された合意文書やその後のトランプ氏の記者会見を見るに、朝鮮半島や日本、なによりも北朝鮮で生きる人々にとって明るい未来をもたらす会談だったとはとてもいえないようだ。
(参考記事:トランプ氏との声明を「先にバラしちゃった」金正恩氏の掟やぶり)「トランプ&ジョンウン」の最凶タッグは、我々が予想だにしない混乱をもたらすかもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。