今年3月、韓国の大統領特使団が北朝鮮を訪問した際、金正恩氏の夫人・李雪主(リ・ソルチュ)氏が見せた機転については、報道を通して知っている読者も少なくないだろう。

会食の席上、韓国側の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長はヘビースモーカーとして知られる金正恩氏に「たばこは体に悪いので、おやめになったらどうですか」と勧めた。この言葉に、同席していた北朝鮮側の金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長は凍り付いたという。

それもそうだろう。金正恩氏が気に入らない人物を無慈悲に処刑してきたことを、金英哲氏はあまりにもよく知っている。彼とも近しい関係だったはずの玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)元人民武力部長は、金正恩氏によって「ミンチ」にされて殺されてしまった。

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しかしこの場には、「救いの女神」がいた。同席していた李雪主氏が「いつもたばこをやめて欲しいと頼んでいるが、言うことを聞いてくれない」と手をたたきながら喜び、その場を和ませたのだ。

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韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使の自叙伝『3階書記室の暗号 太永浩の証言』(原題)によると、李雪主氏はかなり前から、このような機転を見せていたようだ。太永浩氏によれば、その出来事は2012年7月25日に起きた。

金正恩夫妻はこの日、陵羅(ルンラ)人民遊園地の竣工式に参加した。金正恩氏はここで、招待客の中国大使らに、回転木馬にいっしょに乗ろうと提案したという。金正恩氏がさっさと乗ってしまったものだから、中国大使らも仕方なく木馬にまたがった。すると、最初はスムーズに動いていた木馬が、いきなり止まってしまった。しばらくしてちゃんと動くようになったのだが、木馬から降りた金正恩氏は、担当者たちを物凄い勢いで怒鳴り飛ばしたという。

担当者たちが震え上り、中国大使らも当惑を隠せない中、李雪主氏が夫に近づき、静かになだめた。すると金正恩氏は落ち着きを取り戻し、周囲には安堵の空気が漂ったという。

金正恩氏が妻に寄せる愛情と信頼は相当なものがあり、李雪主氏の「人間力」もなかなかのものなのだろう。

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このとき李雪主氏がいなかったら、回転木馬の担当者たちは処刑されてもおかしくはなかった。実際にこの3年後、金正恩氏は現地指導したスッポン養殖工場の管理不備に激怒し、支配人を処刑しているのだ。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

こうした事実を知る北朝鮮の幹部たちにとって、李雪主氏は本当に「救いの女神」なのかもしれない。

今のところ、12日に予定されている米朝首脳会談に、金正恩氏が李雪主氏を同伴させるかどうかは明らかになっていない。仮にトランプ米大統領と同席することになれば、彼女はなかなか良い働きを見せるのではないだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記