北朝鮮で約1年半にわたり拘束され、昨年6月に昏睡状態で解放された直後に死亡した米バージニア大学生、オットー・ワームビアさん(当時22)の両親が26日、北朝鮮の金正恩政権から「残酷な拷問を受けて殺害された」として、北朝鮮を相手取り、連邦地裁に損害賠償訴訟を起こした。

「性拷問受けた」証言も

この動きを伝えた米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、この訴訟には、金正恩党委員長が南北首脳会談で融和ムードをつくろうとしている中、北朝鮮における人権侵害を浮き彫りにし、うやむやにできない法的責任を負わせる狙いがあるとの見方を伝えた。

同紙によれば、両親は訴状で、ワームビアさんの直接の死因は、北朝鮮による拷問や虐待だと主張。北朝鮮から帰国した当時、視力も聴覚も失っており、家族の呼び掛けにも全く応じなかったと説明している。

両親は昨年9月、米FOXニュースの番組に出演した際、ワームビアさんの身体に原因不明の負傷が数多く見つかったと主張。下の歯は並び替えられたような痕があり、右足には大きな傷痕が残り、両手両脚は「完全に変形した」状態だったと説明した。トランプ米大統領はツイッターでインタビューに言及し、「オットーは北朝鮮から信じがたいほどの拷問を受けた」と非難した経緯がある。

一方、これを否定する証言もある。AFP=時事は昨年9月28日、次のように報じた。

〈米国人学生オットー・ワームビア(Otto Warmbier)氏(当時22)について、司法解剖を行ったオハイオ(Ohio)州の監察医は27日、同氏が拷問を受けた明らかな痕跡は見つからなかったと発表した。(中略)骨折や歯の損傷もみられなかったと述べた。〉

ちなみに、ワームビアさんの遺体は両親の意向により、司法解剖が行われなかった。この記事は「検視」すべき部分が、誤訳されたようだ。

いずれにしても、連邦地裁で両親の訴えが認められるかどうかはわからない。しかし、北朝鮮当局が自国民や外国人に対し不当な扱いをしてきた事実は確かにある。

北朝鮮にとって、スパイ容疑などで捕まえた外国人は人質外交やプロパガンダの材料などとして「利用」するためのものだ。後で記者会見に引っ張り出す必要があるから、凄惨な暴力を振るわれたとする事例は報告されていない。ただ、かつて北朝鮮に43日間に渡って拘束された韓国系米国人が、「性拷問」のビデオを撮られ、それを公開すると脅されたと証言したことはある。

(参考記事:「北朝鮮で自殺誘導目的の性拷問を受けた」米人権運動家

また、北朝鮮は1968年、米海軍の情報収集船「プエブロ号」を拿捕したことがあるが、当時の乗組員が「11カ月間にわたって拷問され、後遺症に苦しんだ」と提訴。ワシントン連邦地裁が2008年暮れ、北朝鮮政府に賠償金6600万ドル(約60億円)の支払いを命じる判決を下したことがある。

こうした事実が蒸し返されれば、米国世論の金正恩氏に対する認識が厳しくなり、同氏の「微笑み外交」にマイナスとなる可能性は否定できないだろう。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記