北朝鮮は、スパイに対して極めて敏感な社会だ。自分たちが国内外でスパイ活動を行っているからか、自分たちもその対象になっているに違いないと考えるのだろう。毎年3月と4月を「スパイ闘争月間」とし、国民に対してスパイへの警戒心を高めるよう宣伝活動を行っている。
中朝国境に面した両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、当局は「南朝鮮(韓国)安企部(国家情報院)と外国人など敵どもの計略に騙されてスパイ行為に加担させられるかもしれない」などと言って、スパイに注意するよう呼びかけている。
実際、北朝鮮では少なくない外国人がスパイ容疑で逮捕され、ひどい目に遭わされている。
(参考記事:「性拷問を受けた」との証言も…北朝鮮は外国人に何をしているのか)通りや工場など至る所に「反スパイ闘争ポスター」やスローガンを貼り出し、女性や学校の生徒たちを集めて作った「反スパイ機動芸術宣伝隊」に、スパイへの警戒心を高める宣伝活動をやらせている。
また、職場や人民班(町内会)の会議では、スパイに対する警戒心を高めること、速やかに通報すること、自首したスパイは寛大な刑罰で済むことなどが周知されている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面脱北者団体であるNK知識人連帯の北朝鮮国内の協力者は、昨年の反スパイ闘争月間の様子を伝えている。平安北道(ピョンアンブクト)の新義州(シニジュ)では、生徒たちに「反スパイ機動芸術宣伝隊」の公演を観覧させ、「反スパイ闘争観覧館」を見学させた。
また、スパイ闘争講演会も開かれ、「敵はラジオを使ってわが国に対するありとあらゆる謀略策動を行い、国内に潜入した敵対分子に指示を下している」「ラジオのみならず、携帯電話、MP3、ビデオカメラ、デジタルカメラなど現代的なスパイ装備を使って労働党の文書や軍の機密を抜き出そうとしている」といったことが伝えられた。
しかし、一般市民の関心は低い。いくら会議や講演会を開いても真剣に耳を傾ける人は少ないようで、中には寝てしまう人もいる有様だ。市民は、口々にこう語っている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「保安員(警察官)も捕まえられないスパイを、われわれのような一般人民がどうやって捕まえるのか」
「毎年スパイを通報せよというが、この国には一体どれだけのスパイがいるというのか」
「わが国では外国人と会う機会そのものが少ないのに、何をどうやってスパイを通報できるのか」
「海外に出て韓国人や外国人と接触しているのは幹部だけだ。一般人民に幹部を通報しろというのか」
さらに、非難の矛先は金正恩党委員長にも向かう。
「米国人に会ったことがある元帥様(金正恩氏)を通報しよう」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これは、金正恩氏が元NBAスター選手のデニス・ロッドマンと会ったことを皮肉ったものだ。つまりは「お前が言うな」とのツッコミである。
(参考記事:金正恩氏の秘密パーティーに呼ばれる「名門女学生たち」の涙)スパイや反政府的な動きに対応できていない当局の無能さを笑う人もいる。2016年4月、恵山で朝鮮労働党第7回大会を批判する落書きが発見されたが、容疑者は未だに捕まっていない。
(参考記事:「金正恩を倒せ!」落書き事件続発に北朝鮮が大慌て)「筆跡を調査するために市民に自筆の文章を書かせて、国家保衛省(秘密警察)で大々的な検閲(監査)も行ったけど、何の収穫も得られなかった。善良な人民をいたぶるヒマがあれば捜査をまともにやれ、と言う人が多い」(情報筋)
「これからは信訴の手紙も足で書いたほうが良さそうだ」というギャグは爆笑ものだったという。信訴とは一種の目安箱のようなものだが、幹部の理不尽の行いを訴えれば手紙の筆跡から身元が割れて逆襲されるおそれがあることをネタにしたものだ。
(参考記事:「訴えた被害者が処罰される」やっぱり北朝鮮はヤバい国)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。