金正恩が手を染めた「人道に対する罪」(7)

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2005年から2016年までの間に許可なく国境を越えた後、海外から送還された女性は6473人。そのうち、送還後に処罰されたのは33人に過ぎない――。

北朝鮮昨年の夏、国連女性差別撤廃委員会に提出した答弁書で、このように主張している。北朝鮮が、このように脱北者の数字に言及することは極めて異例だ。

この動きについて報じた米政府系のボイス・オブ・アメリカによれば、北朝鮮は答弁書で、こうした女性のほとんどは経済的な困難から越境したり、人身売買組織に騙されたりした人々であるとして、帰国後はいかなる処罰も受けておらず、現在は安定した生活を送っていると説明。また、処罰された33人は、海外滞在中に殺人未遂や麻薬取引など重大犯罪に関わった者たちだと述べているという。

たしかに、脱北した女性の大部分は、経済的な困難や人身売買被害により越境した人々だ。何ら法的な保護を受けられない中、潜伏先の中国で人権侵害に遭っている人も多い。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

ただ、「帰国後はいかなる処罰も受けていない」との説明は、数多くの脱北女性が行った証言と大きく食い違っている。

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たとえば、現在は韓国に暮らす脱北女性のキム・チャンミさんは2007年、いったんは中国へ逃れたものの北朝鮮に強制送還され、刑事犯として刑務所に送られ、激しい人権侵害を受けた。

(参考記事:刑務所の幹部に強姦され、中絶手術を受けさせられた北朝鮮女性の証言

また、米国の人権団体「北朝鮮人権委員会」(HRNK)のグレッグ・スカラチュー事務総長は、中朝国境地域の咸鏡北道(ハムギョンブクト)にある全巨里(チョンゴリ)教化所の過去数十年に渡る衛星写真を分析。その結果、「女性虐待収容所」とでも呼ぶべき施設が拡張された事実を突き止めている。

北朝鮮の拘禁施設は、強制労働、拷問、劣悪な環境で、国際社会の激しい批判を浴びている。とりわけ、女性虐待が日常化している実態は、元収容者や関係者の告発により明らかになっている。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

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スカラチュー氏によると、全巨里教化所は1980年から1983年の間に開設された。そして、女性収容施設を拡張したのは2009年2月と8月である。収容者数は1990年代末には約1300人だったのが、今では5000人まで増加し、うち1000人が女性だという。

韓国の文在寅大統領と米国のトランプ大統領は、それぞれ4月末と5月に北朝鮮の金正恩氏との首脳会談を控えている。これは、上述したような非人道的な施設に囚われた女性らに救いの手を差し伸べるための、絶好の機会と言えないだろうか。

とりわけトランプ氏は2月2日、ホワイトハウスのオーバルオフィス(執務室)に脱北者6人を招き、北朝鮮の人権状況や脱北の実態について意見交換した際、「北朝鮮の残酷な人権状況についてよく理解している」と明言。続けて「特に韓国に定着した脱北女性の大部分が人身売買の被害者だというが、この21世紀に考えられないことだ」として、中国政府に人身売買の根絶を強力に要求すると述べたという。

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これは、脱北に失敗した女性たちの置かれた現状についても、トランプ氏は知っているということだ。

朝鮮半島の非核化はたしかに大事だが、その取り組みが少し遅れたからと言って、北朝鮮の核兵器が誰かを殺す可能性は大して大きくない。しかし、この女性たちのうちのある部分は、確実に犠牲になる。

そのことを後になって知り、後悔するようなことは、絶対にあってはならない。

(参考記事:17歳で中国人男性に売られ…脱北女性「まだまだ幼い被害者が大勢いる」

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記