北朝鮮の金正恩党委員長が、韓国の文在寅大統領の特使団との会談の中で、南北首脳会談の実施で合意し、朝鮮半島の非核化に向け米国と対話を行う用意があると表明した。

これに対してトランプ米大統領は、「非常に前向きだ」と評価し、「(事態が改善すれば)世界や北朝鮮、朝鮮半島にとって素晴らしいことだ」とホワイトハウスで記者団に語った。

米国との対立が激化していた昨年9月、金正恩氏は「最終目標」として「米国と力のバランスを取る」と明言している。核開発が一段落した時点で米国との対話に乗り出すつもりだったのかもしれない。

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人間をミンチに

頑なな姿勢を貫いてきた金正恩氏が軟化の姿勢を見せたことに対して、トランプ氏は肯定的に捉えているが、米朝対話はともかく、トランプ氏が金正恩氏と握手するためには、まだまだ乗り越えるべきハードルが存在する。

その一つに米国が金正恩氏を「毒殺事件」の首謀者だと見ていることがある。

昨年2月、金正恩氏の母親違いの兄である金正男氏がマレーシアのクアラルンプールで暗殺された。米国務省は6日、北朝鮮が殺害を指示したことや、猛毒の神経剤であるVXが使われたことを公式に結論づけた。北朝鮮は一貫して関与を否定しているが、暗殺場所に多くの人が行き来する空港を選んだところに、金正恩氏の残虐性が垣間見える。

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昨年11月、トランプ氏は2008年の解除以来、9年ぶりに北朝鮮をテロ支援国家に再指定。「北朝鮮は他国での暗殺を含む国際的なテロ行為を繰り返し支援してきた」と、金正男氏暗殺を指定理由に挙げた。

先月には、ホワイトハウスに脱北者6人を招き、北朝鮮の人権状況や脱北の実態について意見交換した。このなかで、脱北した女性が人身売買の被害に遭っている実情に理解を示し、中国政府に人身売買の根絶を強力に要求すると述べた。トランプ氏は1月30日の一般教書演説でも、金正恩体制による人権侵害を非難している。

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トランプ氏は、核問題だけでなく北朝鮮の人権侵害を非難してきたのだ。一方、北朝鮮の多くの人権侵害は、祖父の金日成主席、父の金正日総書記によって重ねられたものだ。金正恩氏にとっては「負の遺産」ともいえる厄介なものだが、それを清算しようともしなかった。それどころか、2011年に最高指導者になって以後、残忍な方法で多くの高官を処刑してきた。

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金正恩氏は、名実ともに北朝鮮の指導者として国際社会から認められる機会を自らつぶしてきたともいえる。トランプ氏がそのような人物と握手できるのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記