軍服を着た収監者たち(3)

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韓国の北韓人権情報センター(NKDB)が最近発刊した「軍服を着た収監者〜北朝鮮軍の人権実態報告書」によると、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)内では兵士らに対する殴打や拷問、性暴力が横行しているという。

同報告書は、北朝鮮で軍隊にいたことのある脱北者70人を対象にした調査のまとめである。それによると、回答者のうち53人が軍隊内で殴打された経験があり、11人は自分以外の兵士が同僚に殴打されるのを目撃した。

殴打されたことがある回答者の中には、「銃床で殴られ、半数の歯が折れてしまった」といったひどい証言もあった。

ただ、回答者のうち8人は、殴打されたこともなければ、目撃したことも聞いたこともない、と述べている。これには、回答者たちの軍隊での立場の差や、入隊時期の違いが影響しているかもしれない。回答者のうち51人は、弱い立場の下士官と兵士だが、19人は将校である。

また、37人は1990年代に食糧危機が本格化する以前に入隊していた。当時は今と比べると、軍隊内にもいくらか整然とした空気があったのかもしれない。しかし、その後は兵士らに対する配給もまともに行われなくなり、殺伐さが増したものと思われる。

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一方、軍隊内での性暴力については、24人が経験したか、目撃したか、あるいは話を聞いたことがあると答えた。ただでさえ男尊女卑の風潮の強い北朝鮮において、家族のもとに逃げ帰ることのできない軍隊は、女性たちにとって地獄も同然に違いない。

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ちなみに、空軍将校として12年間勤務したある脱北女性は、自分が受けた性的被害が人権侵害だと気づいたのは韓国に来てからだった。北朝鮮の女性たちは、そもそも「人権とは何か?」という概念すら知らないことから、何をされても「人権侵害」だとは気づかない厳しい現実があるのだ。

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ただ、こうした実情は国民にも広く知れ渡っているようで、親たちは徴兵年齢の子どもを守るのに必死だ。ワイロを使って比較的状態のマシな部隊に所属させ、あるいは仕送りを毎月欠かさないなど、なんとか無事に軍隊生活を終えられるように手を尽くしているのだ。

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また、2016年5月にはある地方都市で徴兵を巡る不正が発覚し、物議を醸した。デイリーNKジャパンの取材協力者によれば、概要はこうだ。

徴兵対象者である8人の高校生の親たちが、兵役が免除されるよう軍の担当者にワイロを渡し、「重病のため兵役に不適」との報告書を書かせた。しかし、それを知った同級生の親たちが軍上層部に直訴。調査の結果、贈収賄が露見してしまった――。

こうした事例からは、軍隊に行った後に便宜を図るのではなく、軍隊自体に行かせないという風潮が強まっている点を読み取ることができる(つづく)。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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