東京都はこのほど、結婚を奨励するための『東京2020オリンピック・パラリンピック、あなたは誰と観ますか?』と題した動画を制作・公開した。これに対しては、「センスがない」「制作費の無駄使い」「そんな予算があるなら出産、育児支援に使って欲しい」などと言った批判の声が聞こえる。
一方の北朝鮮当局は、深刻化する少子化問題の解消のために、破格の結婚、出産奨励策を打ち出した。金正恩体制は以前から、避妊や妊娠中絶を禁止するなどの措置で出産を増やそうとしてきたが、そんなやり方で上手く行くはずがないのは言うまでもない。
(参考記事:金正恩氏のせいで性感染症の拡大が止まらない北朝鮮)そこで今回は「特典」を用意したようなのだが、こちらも市民からの評判は散々なものだ。
江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋によると、その支援とは「勤労動員免除」「上納金免除」「特別配給」だ。
「各地では新年から堆肥戦闘(肥料に使う人糞集め)に多くの人々が動員され、建設事業の資金と称して現金の徴収が行われているが、子どもが3人以上いる家庭は免除されている。また、これらの家庭に対しては出産米とサプリメントを配給せよとの上部からの指示もあった」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面金正恩党委員長は、子どもを多く産んだ女性に対して「労力英雄」の称号を与えるなどの優遇策を打ち出すと同時に「産めよ増やせよ」的なキャンペーンを繰り広げた。少子化により兵士のなり手がいなくなることを恐れてのことだ。
(参考記事:若い女性から「結婚拒否」され弱体化する金正恩氏のポンコツ軍隊)例えば、朝鮮中央テレビは2012年、子どもを10人産んだ元山(ウォンサン)在住の女性を母性英雄として讃える番組を放送した。また、労働新聞は2015年、55人もの孤児を引き取って育てている夫婦のエピソードを紹介したが、これもキャンペーンの一環と言えよう。
しかし、市民からの反応は極めて鈍い。子どもを多く産んでも育てられる見込みがないからだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「国からもらえるものだけでは、育児費用を賄えないので、(奨励策に)関心を持つ人はほとんどいない」(情報筋)
北朝鮮は12年間の義務教育がすべてタダだと宣伝しているが、実際は学費も制服も教科書も有料化されていて、親がその負担を強いられる。そればかりではなく、学校は生徒に対して様々な「課題」を出す。
国語や算数の問題を解けというのではなく、物品や現金を差し出せというものだ。上部からの命令である場合もあれば、学校の運営資金を集めるためのものであり、実質的な学費だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、子どもを名門大学に入れようとすれば、思想教育に偏りがちな公立学校の教育だけでは足りないため、家庭教師を雇う必要がある。さらに入試、入学にあたっては担当者や教授への付け届けも欠かせない。このように教育費の負担が大きいため、子どもが3人もいれば親は経済的に支えきれなくなるのだ。そればかりではない。
「北朝鮮の市場では、女性の商売人が主役。そのため少女から大人の女性に成長するに従い『わたしも稼がなくちゃ』と考えるようになる人が多い。逆に言うと、妊娠と出産に時間をとられると商売の流行に乗り遅れ、貧困に陥ってしまうとの危機感もある」(情報筋)
ベビーシッターに子どもを預けるという方法もあるが、経済的負担から誰にでもできることではない。
そもそも、北朝鮮女性が子どもを産まないのは、核、ミサイル開発で国際社会からの制裁を受けるなどして、社会や経済が安定しないことに根本的な原因がある。そんな状況が変わらない限り、少子化問題に歯止めをかけるのは難しいだろう。
(参考記事:北朝鮮で「性感染症」がまん延…「性教育不在」「男女共学」で爆発的拡大)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。