北朝鮮は、交通機関の使い勝手の悪さで知られている。
地下鉄や路面電車、トロリーバス、バスが市内全域を縦横無尽に走っているのは首都平壌だけだ。咸興(ハムン)、清津(チョンジン)など10以上の都市にトロリーバスがあるものの、動いているのはせいぜい通勤通学の時間帯だけ。運行休止に追い込まれ、施設が朽ちているところもあるとされる。
その穴を埋めるのは、「ソビ車」と呼ばれる民間人が運営するバスやタクシーだ。しかしその運賃は、庶民が気軽に乗れる値段とは言えない。そこで重宝されているのが自転車だ。中でも最近、平壌では電動自転車が人気を集めているという。
工場や企業所に出勤するにも、市場に物を売りに行くにも、自転車は欠かせない。2008年の時点で普及率は7割に達していたが、今では一家に1台はあたりまえで、複数台持っている人もいる。
(関連記事:北朝鮮の自転車普及率は7割…価格は高騰)さらに、ソーラーパネルの普及を受けて、電動自転車の普及も進んでいる。多くが中国から輸入されたもので、日本の帰順では「電動スクーター」に該当する。ロイター通信の記者が一昨年6月、平壌市内の道路で観察した結果、10分間に6台の電動自転車を見かけたと言う。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌の恩情(ウンジョン)区域の市場では、中国製の中古が25万から30万北朝鮮ウォン(約3250円〜3900円)、日本製の中古が70万から80万北朝鮮ウォン(約9100円〜10400円)、新品が720万〜960万北朝鮮ウォン(約9万4000円〜12万5000円)で売られている。12月中旬のコメ1キロの価格で計算すると、960万北朝鮮ウォンはちょうどコメ2トン分になる。
一方、清津の市場で売られている、市内の寿城(スソン)教化所(刑務所)で作られた自転車は30万から84万北朝鮮ウォン(約3900円〜1万1000円)だ。電動自転車は54万から61万北朝鮮ウォン(約7000円〜7900円)で売られている。
ここまで普及した自転車だが、1996年ごろから数年前までは、どういうわけか女性が自転車を利用することは禁止されていた。その理由として、次のようないくつかの説ある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面◯国防委員会の呉克烈(オ・グンヨル)副委員長の娘だったオ・ヘヨン氏が自転車に乗っていたところ、車にはねられ死亡した事故を受け、金正日総書記が禁止を指示した
◯金正日氏が、スカートを履いて自転車に乗っている女性を見て「朝鮮の女性は昔からスカートを履いているが、それで自転車に乗るとみっともない」という理由で禁止した
◯外国人は「北朝鮮女性はスカートを履いて自転車に載っているが不格好だ」と言ったのが金正日氏の耳に入った
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面◯女性が自転車に乗るようになると、スカートの代わりにズボンを履くようになる
いずれにせよ、バカげた指示である。しかし国内メディアではキャンペーンが繰り広げられ、当時の朝鮮中央テレビは「女性がスカートをなびかせながら自転車に乗ることは社会主義美風良俗に反する」と主張。「女性は急な状況への対処能力が劣っており、慌てて大事故を起こす可能性がある」などとする「専門家」の意見を紹介していた。
北朝鮮では、朝鮮民主主義人民共和国が成立する以前の1946年7月に男女平等権についての法令を制定。当時としては非常に先進的な法令だったが、高尚な理想とは裏腹に、北朝鮮女性の地位は低い。それどころか、女性は様々な虐待にさらされ続けているのだ。
(参考記事:脱北女性、北朝鮮軍隊内の性的暴力を暴露「人権侵害と気づかない」)しかし、いくら当局によって禁止されても、とてもそれに従ってはいられない状況が生じた。国家による食糧配給システムが崩壊したことを受けて、国中で農民市場(後の自由市場)が誕生。当局により職場に縛り付けられている男性ではなく、女性たちが「市場経済」の担い手となったのだ。
市場で商う女性たちは、自転車の荷台に50キロから100キロもの荷物を積んで市場に向かう。単なる交通手段ではなく、暮らしを守る大切なライフラインなのだ。禁止令に従えば、たちまち餓死してしまう。
咸興に住むトゥ・ヨンシル(仮名)さんによると、現地の女性たちは、男装して自転車に乗り、保安員(警察官)の目を欺き、取り締まられそうになれば勢いで圧倒し、ぐうの音も出ないようにしていたそうだ。
また、取り締まりを避けて、深夜や明け方に自転車に乗ることも多かったようだ。街灯ひとつない北朝鮮の田舎道で、自転車に乗るのは極めて危険だが、生活のためにはそうするしかなかったのだ。
(参考記事:北朝鮮・咸興の女性はなぜ男装して自転車に乗るのか?)2008年には、足に障害のある夫を養って暮らしていた女性が、糾察隊に自転車を奪われそうになり、怒りのあまり目の前で川に身投げする事件が起きている。地域に怒りが広がり、結果的に地元の女性が自転車に乗ることは認められた。
(参考記事:北朝鮮の女性が命と引き換えに得た「自転車に乗る権利」)女性自転車利用が全国的に解禁になったのは2012年8月だが、2013年1月から再び禁止された。しかし、それによりどのような事態が生じているかの続報がないことから、強い反発の声でウヤムヤになったものと思われる。
(参考記事:北朝鮮、女性の自転車使用を再度禁止)