米国のペンス副大統領は9日、平昌冬季五輪の開会式出席に先立ち、韓国海軍第2艦隊の哨戒艦「天安」記念館を訪問する。天安は2010年3月、北朝鮮により撃沈され、乗組員46人が犠牲となった。

また、ペンス氏は同日、ソウル市内で4~5人の脱北者と面会する予定だ。さらに、北朝鮮に抑留され、昏睡状態で解放された直後に死亡した米国人大学生・オットー・ワームビアさんの父親もペンス氏に同行する。トランプ米大統領は、ワームビアさんが北朝鮮で拷問されたと主張している。

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これに先立ち、トランプ氏は2日、ホワイトハウスに脱北者6人を招き、北朝鮮における人権侵害の状況を聞き取った。

この一連のトランプ政権の動きは、北朝鮮とは「対話しない」との姿勢を鮮明にしたものと言える。何故なら、北朝鮮が核開発に突き進んだ裏には、国際社会による人権侵害追及があったからだ。

2009年7月、オバマ前政権のクリントン国務長官(当時)は北朝鮮に対し次のような提案を行った。

「完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米国と関係国は北朝鮮に対してインセンティブ・パッケージを与えるつもりだ。これには(米朝)国交正常化が含まれるだろう」

インセンティブ・パッケージとは、米国が国交正常化、体制保障、経済・エネルギー支援などを、北朝鮮は核開発プログラム、核関連施設はもちろん、ミサイルなどすべての交渉材料をテーブルに載せ、大規模な合意を目指すことを念頭に置いていたものとみられる。

素直に受け止めるなら、北朝鮮にとって悪い提案ではないように思える。

ところが、北朝鮮はこれに乗らなかった。その理由は、人権問題にある。米国にはブッシュ政権時代に出来た、北朝鮮人権法という法律がある。日本人拉致問題も含め、北朝鮮の人権状況が改善されない限り、米国から北朝鮮への人道支援以外の援助を禁止すると定めたものだ。

恐怖政治で国民を支配する北朝鮮の体制にとって、人権問題は体制の根幹に触れるものであり、交渉のテーブルに乗せることなどできるはずがない。

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人権を重視しているようには思えないトランプ大統領ならば、あるいは、人権問題の面でも金正恩党委員長の立場に配慮した提案を行う可能性もあると思われた。ところが最近のトランプ政権は、それとはまったく逆の方向に動いている。

国際社会は、すでに様々な形で北朝鮮の人権侵害を確認しており、今さら「知らなかったこと」にはできない。

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また、北朝鮮の人権侵害は、金正恩氏の時代になって悪化している部分もあり、「人道に対する罪」に問われかねない立場にある同氏は、国際社会に華々しくデビューすることなどかなわなくなっている。トランプ政権は金正恩氏のそうした「絶望」を、世界の耳目が集まる五輪の舞台で浮き彫りにしようとしているわけだ。

トランプ政権の今回の動きによって、米朝対話はさらに遠のくだろう。今は好転しているように見える朝鮮半島情勢も、近い将来、再び暗雲に覆われる可能性が高いのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記