平昌冬季五輪をきっかけに韓国と北朝鮮の対話が進む一方で、金正恩党委員長は朝鮮人民軍(北朝鮮軍)に前線部隊への実弾供給を命じ、戦闘準備の強化を指示したという。

咸鏡北道のデイリーNK内部情報筋によれば、「朝鮮労働党は19日、(韓国と)対話をしようがしまいが気にするな、武力により祖国統一を実現しようとの党の意思は不変である、という趣旨の指示文を下した」という。

今年に入り開始された北朝鮮の対話攻勢が、韓国に対してしかけられたワナであるのは明白だ。

(参考記事:金正恩氏の新年の辞「平昌に参加も」表明はワナである

北朝鮮は過去にも、このような対話姿勢で韓国を欺いたことがある。2015年8月、非武装地帯で韓国軍の兵士が、北朝鮮側がしかけた地雷に接触し、身体を吹き飛ばされる事件があった。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

これをきっかけに南北の軍事対立が激化し、一触即発の事態に発展するのだが、このときは北朝鮮側が折れる形で危機は収束。南北は緊張緩和を進めることで合意した。しかし、北朝鮮側の対話姿勢は「ポーズ」に過ぎず、水面下で翌年1月からの核・ミサイル実験加速の準備が行われていたのだ。

前出の情報筋によれば、「軍に下された指示文は戦闘準備に拍車をかけ、突発状況においても一気に敵の牙城を崩せるよう全軍的な1期戦闘政治訓練、総合交防訓練を実戦同様に進めるよう求めている」という。

ここで言われている戦闘政治訓練は、12月初めから翌年にかけて行われる冬季訓練の一部で、思想教育を中心とする内容だ。また交防訓練は、地上特殊部隊に海上任務を、海上特殊部隊に空挺任務を与え、兵士と指揮官が多様な作戦環境に適応できるようにする訓練のことだ。

さらに金正恩氏は、自らの本気度を示すためか、「中国との国境と軍事境界線沿いに展開する前方部隊に、実弾を供給する最高司令官命令を下した」(情報筋)とのことだ。また、兵士に対する配給食糧も、例年の冬季訓練では1人1日当たり玄米700グラムだったものが、800グラムに増やされた。

しかし軍の現場では、このような指示によっても士気は高まっていない。情報筋によると、兵士たちは、「国は冬季五輪に参加するというのに自分たちだけが酷寒に苦しんでいる」「平和五輪と言いながらどうして緊張を高めるのか」と不満たらたらだという。

また、今回のような指示が下されると、軍の部隊には上層部から監督要員が派遣される。そのため、ただでさえ飢えている兵士たちは生きるための副業にも励めず、困窮が深まり、物盗りや性的虐待といった軍紀びん乱がより悪化するという悪循環に陥る。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

金正恩氏は、いくら号令を発したところで軍の弱体化は防げないことを理解し、南北対話に本気で臨んだ方が身のためではないだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記