中国政府が、北京の韓国大使館に身を寄せていた脱北者2人が韓国に向け出国するのを許可したと、韓国メディアが28日付で報じている。

中国は脱北者を不法入国者とみなし、北朝鮮に送還する方針を取ってきた。第三国への移動を認めたのは異例の措置と言える。文在寅大統領の訪中を受け、韓国との関係改善に向けた意思表示として行われた可能性がある。

中国による脱北者の強制送還は、日本ではほとんど関心を持たれていないが、欧米ではすでに、北朝鮮問題での「次のテーマ」になりつつある。強制送還された脱北者が、本国で凄惨な虐待を受けているためだ。

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東亜日報は外交筋の話として、最近脱北した国軍捕虜の子どもと、1年半前に脱北していた脱北者の2人が韓国に入国したと報じた。

また、YTNは2人とも40代中盤で、うち1人は金正恩党委員長の警護に当たる護衛司令部系列の貿易会社の代表を努めていた男性で、国軍捕虜の子どもは女性だと報じた。

国軍捕虜とは、朝鮮戦争に韓国軍将兵として参戦し、北朝鮮に捕虜として捕らえられた人々のこと。約8万2000人にのぼると推測されているが、北朝鮮が送還したのはその1割強に過ぎない。残りの人々とその家族は、北朝鮮で成分(身分)が悪いとされ、苦しい生活を強いられてきた。韓国政府が把握している生存者の数は540人だ。

文氏は今月14日に行われた習近平国家主席との首脳会談で、在中国の韓国大使館および領事館にいる脱北者の安全な出国を求めたと伝えられている。また、韓国外務省も中国に同様の要請をしてきた。

さらに、今年11月にベトナムで行われた中韓の高官会談で、韓国側は中国側に対し、脱北者の人権を尊重するよう要請している。

東亜日報は中国の今回の措置について、米軍の高高度迎撃システム(THAAD〈サード〉)の韓国配備を巡り悪化していた中韓関係の改善を示す象徴的な出来事だと評した。

しかし中国が、脱北者の摘発と強制送還を進めてきた従来の政策を変更するかは、現時点ではわからない。

中国は北朝鮮との間で結んだ犯罪人引渡に関する条約を強制送還の根拠としている。しかし中国は「難民の地位に関する条約」と「拷問禁止条約」に加入しており、それらの条約は、国内法に優先して難民の強制送還禁止を順守すべきことを定めている。そのため国連などはこれまで、中国に対して脱北者を難民として認め、強制送還をやめるよう説得を続けてきた。

だが、核・ミサイル開発の暴走を続ける北朝鮮に対し、徐々に制裁を強めてきた中国だが、この問題に限っては姿勢を変えてこなかった。11月にも、4歳の男児を含む脱北者10人が強制送還されたばかりだ。

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中国のこうした姿勢に対し、国際社会は懸念を強めている。国連安全保障理事会が11日に開いた北朝鮮の人権状況に関する公開会合では、ゼイド人権高等弁務官が中国から強制送還された脱北者が受けている人権侵害について報告した。

また、人権に関する米下院の小委員会が12日に開催した聴聞会では、出席した北朝鮮専門家らが、中国による脱北者の強制送還を強く非難した。

北朝鮮に核兵器を放棄させるには、究極的には北朝鮮を民主化させるしかない。そしてそれには、北朝鮮の反体制派がいつでも逃げ込むことのできる、安全地帯が必要だ。つまり脱北者を保護することは、北朝鮮社会の変化につながり得るのであり、それは世界の安全保障にとって必要なことになっているのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記