軍内部はグダグダ

北朝鮮の国境都市、新義州(シニジュ)では最近、「米軍が北朝鮮を爆撃する」との噂が広がった。中国のデイリーNK対北朝鮮情報筋によると、このような噂が広まり始めたのは今月10日ごろのことだ。それも「攻撃は18日から20日までの間に行われる」とかなり具体的なものだったという。

米国のヘイリー国連大使の「もし戦争になれば、北朝鮮は間違いなく完全に破壊される」、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)の「北朝鮮との戦争が始まる可能性は日増しに高まっている」という発言もあったことで、真実味が増したようだ。

噂の広がりは時期的に、中国当局が北朝鮮との交通と貿易の大動脈、鴨緑江大橋を一時閉鎖した期間と重なる。貿易関係者の間では「橋の閉鎖は、米軍の爆撃に合わせた中国の制裁ではないか」との見方が広がった。橋の一時閉鎖は、予定より2日遅れて今月11日から始まり、21日に終わった。

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噂はあっという間に市内に広がり、はるか離れた両江道(リャンガンド)にも伝わった。しかし、あっという間におさまってしまった。情報筋によると、このような噂は朝鮮人民軍が意図的に流した可能性があるという。

というのも、軍幹部らが兵士らの集会で、爆撃説に言及した上で「もし米帝がわが祖国を攻撃したとしても、必ずや勝利する」「いかなることが起きようとも、核武力完成に向けた歩みは止まらない」などと強調した。

もっとも、北朝鮮軍は先日の板門店における兵士亡命にも見えるとおり、戦争の準備が整っているとは言えない。それどころか一部のエリート部隊を除いて軍紀は乱れきっており、本当に戦争を遂行できるか疑わしい有様にある。

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新義州は、中朝貿易の7割が通過すると言われるほどの物流の拠点で、同時に情報の発信地でもある。そのため、全国に口コミで広がることを意図して新義州で流したと考えられる。

当局が意図したとおりに噂がひろまらなかったのは、「いくらなんでも爆撃はありえない」との声が優勢だったからだ。

新義州の市民も兵士も、中国から入ってくる情報に触れる機会が多いため、耳にした情報を鵜呑みにせず、いろいろと照らし合わせて信憑性を吟味する。そんな彼らが「フェイクだ」と判断したため、噂が広がらなかったのだろう。

同じように海外からの情報に明るい両江道の人々も、一時は大騒ぎしたが、すぐに落ち着いて、今では通常と何も変わらないと現地の情報筋が伝えた。

このように、北朝鮮当局は口コミの威力を非常に恐れている。先日、飲み会を禁止する命令を出したが、これも口コミを統制する意図があったようだ。

当局は、そのような口コミネットワークを逆に利用して、今回のように意図的にフェイクニュースを流すことがある。しかし、そううまく広がるとは限らないようだ。

山奥の農村で一生を過ごしてきた老人ならこういう噂を信じ込んでしまうかもしれないが、都会に住む北朝鮮の人々はそんなに簡単に騙されたりしない。韓国で大きな動きがないことが伝わっていることもあり、さほど心配している人はいないと情報筋は伝えた。

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高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記