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朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士1人が21日、軍事境界線を越えて韓国に亡命した。また20日には、漁船に乗った北朝鮮住民2人が朝鮮半島東の海上を南下して韓国に亡命した。

韓国軍当局によると、この2件を含め今年は計9回にわたり15人(うち軍人4人)が、北朝鮮と米韓軍が対峙する最前線の警戒をかいくぐって韓国に亡命した。昨年の亡命者が5人(うち軍人1人)だったのに比べ3倍に増えた。

その背景について韓国の聯合ニュースは、「核・ミサイル挑発に対する国際社会の北朝鮮制裁により生活が苦しくなったことで亡命が増えたとの分析もあるが、韓国入りした北朝鮮脱出住民(脱北者)の数そのものは減少しているため説得力に欠ける」と指摘している。

確かに、増加の理由は複数あるのかもしれないが、そのひとつとして、北朝鮮軍の戦闘部隊の士気低下が作用しているのは間違いない。

北朝鮮には、2種類の軍人がいる。軍の思想統制や人事を掌握する「政治軍人」と、戦闘指揮を担う「野戦軍人」である。そして、前者の代表格は正恩氏の最側近として知られてきた黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長であり、後者に含まれるのは歴代の総参謀長や人民武力相(防衛相)たちだ。

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金正恩政権では、野戦軍人が政治軍人に比べ明らかに冷遇されている。2012年7月15日、金正恩党委員長の軍事面での最側近と見られていた李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長(当時)が失脚した。続いて2015年4月、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相(同)がまるで見世物のように処刑される。そして2016年2月、李永吉(リ・ヨンギル)総参謀長(同)の処刑情報が流れる。後にこの情報は間違いだったとわかるが、李栄吉氏は降格されていたことが明らかになった。

(参考記事:北朝鮮軍「処刑幹部」連行の生々しい場面

しかし、軍の内部でどのような人間が尊敬されるかといえば、それはやはり、現場で経験を積んだ実力派だろう。そもそも朝鮮人民軍は抗日パルチザンをはじめ、ベトナムや中東の戦場で実戦経験を積んだ「老将」たちが君臨してきた。しかし時代の流れとともに、その多くが鬼籍に入っている。

(参考記事:第4次中東戦争が勃発、北朝鮮空軍とイスラエルF4戦闘機の死闘

替わって台頭したのが、黄炳瑞氏ら朝鮮労働党の高級官僚として軍総政治局に乗りこんだ政治軍人たちなのだ。彼らの権力基盤は、あくまで正恩氏との「近さ」にあり、軍事組織の利害は二の次だろう。朝鮮人民軍の内部は、末端兵士らが栄養失調にあえぎ、性的虐待が横行するなど惨憺たる状態にある。その改善に責任を持つのは、部隊を直接指揮する野戦軍人たちだ。そしてそのためには、彼らは体制内で強い政治力を握らねばならない。

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ところが現実には、政治軍人と野戦軍人の間で政治闘争が起き、前者によって後者が葬られている様子がうかがえるのだ。北朝鮮では、金正日総書記の時代には「先軍思想」を掲げ、すべてにおける軍優先を国策としていたが、その内実は金正恩体制において変化してきているのである。

ちなみに、黄炳瑞氏の前任として党総政治局長の地位にあった崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長も正恩氏側近の政治軍人だが、過去にたびたび女性がらみのスキャンダルを起こして問題になるなど、その評判は軍の内外を問わずきわめて悪い。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

こんな人物に頭を抑えられたら、硬派の軍人たちがヘソを曲げ、内部の統制が乱れても不思議ではなかろう。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記