2017年の北朝鮮を振り返る(1)

北朝鮮の金正日総書記は2011年12月に死亡する少し前、妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)氏に宛てた遺書の中で、長男・金正男氏について次のように述べていたという。

「金正男によく配慮しなければならない。あの子は悪い子ではない。彼の苦労を取り除かねばならない」

金正日氏はかつて、正男氏を溺愛したとされるが、そのことがよく伝わる言葉と言える。

しかし、そのような親心もむなしく、正男氏は今年2月13日、マレーシアの首都クアラルンプールで殺されてしまった。それも、金正日氏が同じ遺書の中で自身の後継者に指名した、三男・正恩党委員長が放った刺客の手によってだ。

海外生活が長く、政治から遠ざけられていた正男氏はすでに、弟の権力を脅かす存在ではなかった――北朝鮮ウォッチャーの間では、これがほぼ一致した見解となっている。

ならばなぜ、正恩氏は腹違いの兄を殺したのか。その最大の理由は、正恩氏の「正統性」の問題にあると思われる。

正恩氏は、「建国の父」として今も国民から一定の尊敬を受けている祖父・金日成主席をモデルに、自分のイメージ作りを行っている。しかし実は、正恩氏は母である高ヨンヒ氏の出自の問題から、祖父と一度も会ったことがないと言われる。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈])

さらに、1984年生まれとされる正恩氏は、「金日成時代」の北朝鮮をほとんど知らないのだ。それに対し、年齢が正恩氏より一回り上の正男氏は、「金日成時代」も「金日成→金正日の過渡期」も「金正日時代」もよく知っている。つまり正男氏がその気になれば、「弟は、祖国のことなど何も知らない」と言うことができたのだ。

これは、祖父と父の正統な後継者であるべき正恩氏にとっては潜在的な脅威だ。経済的に困窮していた正男氏は、米国の情報機関と接触していたふしがあり、それがバレたことが命取りになった可能性がある。だがそれはむしろ、兄の除去を狙っていた正恩氏にとって、父の遺志に背くまたとない口実となったのではないだろうか。

しかしそれにしても、腹違いとはいえ実の兄弟である。上述したような事情があったにせよ、殺し、殺される関係になるしかなかったのだろうか。

結局のところ、問題の種は金正日氏の「女性関係」にあったと言うことができるだろう。金正日は何人もの女性を妻とし、さらに数多くの愛人を作りながら、そのことを姑息、あるいは卑劣とも言えるやり方で国民に隠し通した。

(参考記事:機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇])

そのために、金正日氏の家族関係はいびつになり、正男氏と正恩氏という一度も会ったことのない兄弟の間に、憎悪が生まれてしまったのだ。

(参考記事:金正日の女性関係、数知れぬ犠牲者たち])

米国は11月に北朝鮮をテロ支援国として再指定した際、その理由のひとつとして、正男氏が神経剤VXで殺害された件に言及している。つまりは金正日氏の女性関係の乱れが、現在の国際情勢にまで影響を及ぼしているとも言えるわけだ。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者])

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記