一家で脱北した元医師の金萬鐵(キム・マンチョル)氏は、1987年4月15日の東亜日報の記事で、1970〜80年代の北朝鮮の駆虫事業について語っている。駆虫事業とは言っても、虫下し(駆虫薬)のサントニンを飲んだか確認する程度に過ぎなかった。
また、肝臓や腎臓に問題のある人に対しては、パッチテストを行った上でサントゾールを注射するのが適切とされている。ところが、北朝鮮ではサントゾールの生産量が少ないため、副作用が出ることなどは気にせずに、サントニンを飲ませてしまうといういい加減なものだったという。
その程度の取り組みも、1990年代の未曾有の食糧難「苦難の行軍」を境にして行われなくなった。また、それを支えていた無償医療システムそのものが崩壊してしまい、今に至るまで復旧されていない。
また、子どもに対しては数年前から、国連や国際的な援助団体から送られた虫下しが半年に1回配られるようになった。