韓国で最近、1人の朝鮮人民軍(北朝鮮軍)兵士の「腸内環境」を巡り、衝撃が広がった。板門店の共同警備区域(JSA)から韓国側に亡命しようとした彼は、北朝鮮側から銃撃を受けた。2回の大手術を受け一命をとりとめたが、腸内から数十匹の寄生虫が発見されたのだ。

韓国でも日本でも「貧しかった時代の思い出」として語られる寄生虫だが、北朝鮮では依然として蔓延していることが衝撃を持って受け止められた。肥料が不足している北朝鮮で、人糞を発酵させて作った下肥が肥料として使われていることが主な原因と思われるが、それ以外にも劣悪な衛生環境が影響していた可能性がある。

(参考記事:必死の医療陣、巨大な寄生虫…亡命兵士「手術動画」が北朝鮮国民に与える衝撃

北朝鮮では、首都平壌ですら断水や給水制限が起きる。実際、平壌を訪れた外国人観光客が立ち寄る土産物店のトイレには、水を溜めた大きな水槽があり、用便後はひしゃくで水をすくって流している。

(参考記事:【画像】北朝鮮の公衆トイレ

平壌市牡丹峰(モランボン)区域在住のデイリーNK内部情報筋は、2014年4月15日の金日成主席の生誕100周年を祝う太陽節の日にも、中心部を除いた市内のほぼ全域で断水となり、20リットルのバケツを担いで川の水を汲みに行くハメになったと嘆いている。情報筋は、前日夜に大同江で太陽節を祝う花火大会が行われたことに触れ、「水も電気も来ないのに、川にカネをばらまいた」と当局に対する不満を爆発させた。

このような具合なので、北朝鮮の人々は当局の水道を当てにせず、同じマンションの住人同士でカネを集め、井戸水ポンプを設置し、使っている。

2008年に脱北し、現在は韓国のデイリーNKで記者として活躍するソル・ソンアさんが、北朝鮮にいた頃に住んでいたマンションもそのようなケースだった。そして、問題だったのは井戸の場所だ。ポンプは、皆が使いやすいようにマンションの中心となる中庭に設置されたのだが、同様の理由でトイレもすぐそばにある例が多いというのだ。

そこで、ある住民が人民班長にこう訴えた。「衛生上心配だから、トイレの場所を移すように洞事務所(役場)に伝えて欲しい」

人民班長が洞事務所長に伝えたところ、返ってきた答えはこういうものだった。「地下水は地下15メートルから汲み上げている、仮にトイレの汚水が混じったとしても濾過される」。

ソル記者は最近、現在も北朝鮮に住む当時の隣人と電話で話す機会があったため、「トイレはあのままか」と尋ねてみたところ、未だに同じ場所にあるとの答えが返ってきたという。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

一方、戸建住宅に住む人は、共同トイレを使うことになっているが、肥料用の人糞を集めるために、自宅の庭にトイレを作る。ところが住民が「共同トイレは井戸に近く、水を汚染するだけだから必要ない、廃止して欲しい」と人民班(町内会)や洞事務所を通じて市の上下水道事業所に伝えても、「共同トイレは地図に表記されているので、廃止できない」というトンチンカンな答えが返ってくるとのことだ。

北朝鮮当局は、不足する肥料を補うために、国民に大量の人糞を集めて提出させる「堆肥戦闘」を毎年1月から3月にかけて行なう。提出する人糞は、道端に並べて乾燥させるが、その過程で回虫、蟯虫、十二指腸虫などの寄生虫の卵が、風に乗って人の口に入ってしまう。

また、人糞で作った堆肥を使って栽培した野菜からも感染してしまう。回虫の卵は塩分に強いため、野菜をキムチや塩漬けにしても生き残り、口から体内に入ってしまう。さらに、農村支援戦闘で協同農場の手伝いに駆り出された生徒や兵士が、農作業中に野菜を洗わずに食べてしまうのも寄生虫が広がる一因になっている。

かつては北朝鮮でも、地域ごとに駆虫事業が行われていた。

一家で脱北した元医師の金萬鐵(キム・マンチョル)氏は、1987年4月15日の東亜日報の記事で、1970〜80年代の北朝鮮の駆虫事業について語っている。駆虫事業とは言っても、虫下し(駆虫薬)のサントニンを飲んだか確認する程度に過ぎなかった。

また、肝臓や腎臓に問題のある人に対しては、パッチテストを行った上でサントゾールを注射するのが適切とされている。ところが、北朝鮮ではサントゾールの生産量が少ないため、副作用が出ることなどは気にせずに、サントニンを飲ませてしまうといういい加減なものだったという。

その程度の取り組みも、1990年代の未曾有の食糧難「苦難の行軍」を境にして行われなくなった。また、それを支えていた無償医療システムそのものが崩壊してしまい、今に至るまで復旧されていない。

また、子どもに対しては数年前から、国連や国際的な援助団体から送られた虫下しが半年に1回配られるようになった。

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、医師から受け取った大粒の錠剤を1錠飲むと、回虫が固まりになって出て来るが、衛生環境がよくないため、またすぐに寄生虫に感染してしまうのだ。

北朝鮮の人々が駆虫を行なうその他の方法は、虫下しを市場で買って飲むしか方法がない。中国、ロシア、ドイツからの輸入品、国連からの援助物資、北朝鮮国内で生産された物が売られているが、国連のアルベンダゾールの人気が高いという。

一方、北朝鮮国内製の虫下しは、前述のサントニンというものだ。ヨモギから作られるものだが、色覚異常などの深刻な副作用を引き起こす割には駆虫効果が弱いため、ほとんどの国で使われなくなっている。

1960年代の韓国の新聞には、「キャラメルと間違えてサントニンを毎日舐めていた15歳の少女が病院に運ばれた」「毎月サントニンを服用していた5歳の幼児が中毒死した」など、サントニンの副作用のひどさを物語る記事が散見される。

ちなみに、アルベンダゾールは1錠2000北朝鮮ウォン(約26円)、サントニンはその半額で売られているが、後者は効果が薄いため、あまり売れないとのことだ。

(参考記事:【体験談】仮病の腹痛を麻酔なしで切開手術…北朝鮮の医療施設

高英起(コウ・ヨンギ)

>>連載「高英起の無慈悲な編集長日誌」一覧

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記