拡声器で亡命兵士の情報発信

韓国軍が、南北の軍事境界線の近くに設置した拡声器を使い、13日に起きた兵士亡命の情報を北朝鮮側に向けて放送していることが、27日までにわかった。件の兵士が共同警備区域(JSA)を突破する際、北朝鮮軍からの銃撃を受けて重傷を負ったことや、韓国側の病院へ搬送され手厚い治療を受け、回復に向かっていることなどを詳しく伝えているという。

拡声器による北朝鮮向けの放送では、K-POPや韓国のニュースなどを最大24キロ離れたところまで届く大音量で流しており、今年6月に韓国に亡命した北朝鮮軍の兵士が亡命のきっかけとして挙げるなど、北側の動揺を誘う心理戦として効果を上げている。もしかしたら、今回の兵士亡命が拡声器放送で伝えられることで、新たな亡命が起きる可能性もある。

韓国軍は2015年8月10日、それまで11年間にわたり中止していた対北宣伝放送を再開した。この直前、北朝鮮側が仕掛けた地雷で自軍兵士の身体の一部が吹き飛ばされたことに対する報復である。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

拷問でも止めない

宣伝放送は、軍事境界線付近に大型拡声器を設置し、大音量で様々な情報を流すもので、昼夜問わず一日に2時間から6時間、不規則に流されるという。出力を最大にすれば夜間は約24km、昼間は10 kmほど離れていても視聴可能だ。

そしてその放送内容には、韓国社会の豊かな現実や北朝鮮の体制を批判する内容とともに、韓国の美少女歌手(ガールズグループ)らが歌うヒット曲も含まれているとされる。

北朝鮮では、韓国の歌――K‐POPなどの歌謡曲や韓流ドラマが人々の絶大な人気を得ている。しかし、それらを視聴したり頒布したりすることは厳禁されており、当局にバレたら重罪に問われる。捕まれば、取り調べで拷問を受けた上に投獄されるのは免れない。それを恐れ、摘発されるや自らの命を絶ってしまう若者も少なくないという。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

それでも北朝鮮の人々は、K‐POPなどの歌謡曲や韓流ドラマを密かに視聴することを止めようとしない。それだけ、人間の感性を刺激するエンタテインメントには、どんな恐怖政治をもってしても抑え込むことのできない強力な生命力があるのだ。

韓国軍が拡声器放送でK-POPを流すのも、政治的な放送内容は北朝鮮側の思想教育で上書きされてしまう可能性があるが、音楽はいつまでも脳裏に残るためだ。

さらに、北朝鮮においては最前線の軍人ほど、韓国文化の影響を受けているフシがある。

韓国と対峙する最前線では、人里離れたところに少人数の部隊が配置されているケースが少なくない。そういった場合、部隊全員がグルになり、リアルタイムで韓国のテレビ放送を受信。美人タレントの出演するバラエティ番組にクギづけになっているという。

(参考記事:北朝鮮軍の兵士の心の支えは「恋のからさわぎ」

今回の兵士亡命の情報は、拡声器放送のほかにも様々な経路で北朝鮮に入り込み、かの国の人々の心をざわつかせるものと思われる。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記