北朝鮮で、自家用車をめぐる欲望が静かに広がっている。とりわけ若い女性の間で車の所有を望む動きが目立ち、従来は男性中心とされてきた分野に変化の兆しが見え始めた。だが、その背景には、国民にとって到底手の届かない“象徴的存在”がある。高級外車を乗り換える金正恩総書記の姿だ。

北朝鮮において最も入手困難な消費財の一つが自動車である。中でもメルセデス・ベンツやランドローバー、レクサスといった高級車は、一般市民にとっては現実離れした存在にほかならない。それにもかかわらず、金正恩氏はこうした車両を次々と乗り換え、その姿が国営メディアを通じて繰り返し伝えられている。

「非社会主義行為」を厳しく断罪し、ぜいたくや私的蓄財を抑制する立場にある最高指導者自らが、結果として国民の消費欲求を刺激している構図だ。(参考記事:欲望を抑えられず…北朝鮮の男女4人「禁断の行為」で公開処刑

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、咸鏡北道の住民は「最近は若い女性の間でも自家用車を持とうとする競争が起きている」と証言。これまで男性の間で見られた所有競争が、女性層にも広がっているという。

(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

北朝鮮では長らく車両は国家や企業所に属するものとされ、運転や管理も男性が担うのが一般的だった。しかし、近年は市場化の進展を背景に、資金力のある層を中心に個人名義での車両保有が事実上認められるようになり、自家用車は急速に増加しているとされる。

こうした変化の中で、女性の間でも車は単なる移動手段を超え、経済力や社会的地位を示す象徴としての意味合いを強めている。清津市では20~30代女性による購入の動きが目立ち、「車を持つことが結婚や職業選択において有利に働く」との見方も出ている。

また、新義州でも若い女性ドライバーが増加し、これまで見られなかった光景として注目を集めている。女性が自らハンドルを握る姿は、社会に新たな価値観の広がりを印象づけているという。

もっとも、実際に流通する車両の多くは中国製の中古車や新車で、価格は5000ドルから3万ドル程度とされる。一般住民にとっては依然として高嶺の花だが、それでも所有を目指す動きは確実に広がっている。

市場経済化の進行とともに、北朝鮮社会では消費やステータスをめぐる価値観が変化しつつある。最高指導者が体現するぜいたくな生活様式が、皮肉にも国民の欲望を呼び覚まし、その裾野を押し広げている側面も否定できない。