北朝鮮の金正恩総書記の娘キム・ジュエ氏が、約85日ぶりに公の場へ姿を現した。9月初旬の訪中以来、最長の「雲隠れ」が続き、平壌内部では「体調不良」「中国側の不快感」「内部序列の調整」といった憶測が渦巻いていた。しかし、11月末の空軍創立80周年記念行事で父とともに現れたジュエ氏は、むしろ以前よりも華やかになり存在感を強めていた。
最も象徴的だったのは、朝鮮中央テレビが儀仗兵を前にジュエ氏が単独で敬礼する姿や、祝賀公演を観覧する単独ショットの構図、そしてジュエ氏の動作に焦点を当てた編集が目立ったことだ。金正恩氏以外の人物がこれほど強調されるのは極めて異例であり、これは単なる「同行」ではなく、すでに国家の“象徴的継承者”として演出されていると筆者は見る。ジュエ氏は公演を観覧中、眠気を我慢するような素振りを見せるなど、年相応の幼さも見え隠れするが、次期後継者として懸命に振る舞おうとする姿勢が目立った。
一方、公演を観覧する金与正朝鮮労働党副部長の姿もほんの数秒間映し出されたが、こちらは周囲の視線を引くほど痩せていた。
与正氏はここ数年、痩せ気味ではあったものの、さらに輪郭は鋭くこけ、頬も落ちたように思われる。朝鮮中央テレビは与正氏の映像を最小限にとどめ、写真でも可能な限り露出を抑えたのかもしれない。北朝鮮の権力構造において映像の扱いは“政治的立ち位置”の指標であり、これは明らかにジュエ氏との差別化を意図した編集と言える。
金正恩氏と同じく上質な黒のレザーコートを纏い、父と並んで歩くジュエ氏と、痩せこけた容姿を見せた与正氏。二人のコントラストは「ポスト金正恩王朝」をめぐる暗黙の力学を映し出しているようだ。党大会を控える中で、金正恩氏は自らの血統の“正統後継者”としてジュエ氏を前面に押し出し、与正氏は政治的実務の中心に退く──そんな役割分担も考えられる。
85日の空白は、ジュエ氏の“再登場”を劇的に演出するための舞台装置だったのだろうか。今回の映像は、北朝鮮が世界に向けて「後継者はジュエ氏だ!」と宣言したかのようだ。ジュエ氏を光の中心に据え、与正氏を影へ追いやるような編集は、金王朝の継承構図をいっそう鮮明にしている。
