北朝鮮と中国の国境を流れる鴨緑江流域で今年7月、60年ぶりと言われる大洪水が起きた。
国営の朝鮮中央通信の報道によると、貿易都市で人口36万人の平安北道(ピョンアンブクト)新義州(シニジュ)では4100世帯が浸水し、1000人から1500人が死亡、5000人の被災者が発生した。
中でも複数ある鴨緑江の中洲は、島全体が浸水し、多くの住民が水に流されるなど、甚大な被害を受けた。
(参考記事:「家財道具と共に自分も流されて死ぬ」避難指示が出ても家にしがみつく北朝鮮の人々)金正恩総書記はすぐさま被災地を視察。朝鮮労働党中央委員会政治局は「鴨緑江の下流に位置している平安北道の新義州市と義州郡の島の地域と一部の浸水地域を復旧し、そこに近代的な住宅を建設」するとの決定書を採択した。
そして金正恩氏は今月21日、平安北道被災地の住宅竣工式に出席し、立ち並ぶ新築マンションの前で演説した。しかし、これは茶番に過ぎない。その実態を現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:金正恩氏、日本を超えるタワーマンション建設…でもトイレ最悪で死者続出)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
朝鮮労働党中央委員会(中央党)と平安北道被害復旧司令部は、金正恩氏の現地訪問を控え、12日から新たに建設された復興住宅の入居可否の判定を行った。
鴨緑江の中洲の威化島(ウィファド)にある上端里(サンダンリ)下端里(ハダンリ)の2つの地域の住宅で検査を行ったところ、入居可能と判断されたのは、全体の3割に過ぎなかった。その原因は何だったのか。
「資材が不足する中で工期に間に合わせることを優先して工事が行われ、外見にばかり気を使ったせいだ」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮の悪弊の一つ、「速いことはいいことだ」とする「速度戦」がここでも繰り返された。工期に合わせることばかりに気を使い、質や作業員の安全は度外視する。
元々の指示は、10月10日の朝鮮労働党創建日までに完成させよというものだった。わずか2カ月で4400戸もの住宅を建設せよという無茶ぶりだ。だが、金正恩氏は11月初旬に現場を訪れた際に、「12月の朝鮮労働党総会までに完成させよ」と新たな指示を下した。
別の情報筋は今月、金正恩氏の指示に従い、現場の指揮官は、手抜き工事のリスクがあることを知りながらも、「さらにスピードを速めて早く完成させろ」と指示を出したと伝えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面こうした悪弊のせいで、平壌では2014年5月、23階建ての新築マンションが崩壊し、約500人が死亡する大惨事が起きている。それから10年経ったが、「速度戦」という名の「拙速戦」は、一向に改善されていないのだ。
(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)
検査は秘密裏に行われ、合格判定を受けた住宅を建設した平壌市や羅先(ラソン)市の突撃隊(半強制の建設ボランティア)にはねぎらいの言葉がかけられた。住民の間では、こんな憶測が飛び交った。
「元帥様をお迎えする特別整理整頓に入ったのだ」
上述の通り、金正恩氏は現地を訪れた。長年の勘から出た憶測は間違いでなかったのだ。
また、金正恩氏の指示で平壌に避難していた住民が帰ってくるのではないかとの噂が流れたが、朝鮮中央通信は23日、帰還が始まったと報じ、事実であることがわかった。記事には、いつ帰還したのか記されていないが、「サクラ」として動員された可能性も考えられる。
(参考記事:「蚊の大群と立ち込める悪臭」北朝鮮内部の生々しい写真)だが、彼らを待ち構えているのは、到底住める状態ではない住宅だ。
「(竣工式の開催は)暖房や室内温度の維持などは『入居者が勝手にやれ』というシグナルを送っているのではないか」(情報筋)
つまり、金正恩氏が出席して竣工式を盛大に開いてプロパガンダに利用するためだけに、外見だけはきれいな住宅を完成させたのだ。まるでハリボテの家を内見して、「家ができた!」と騒ぎ立てているようなものだ。そして、被災者はコンクリートむき出しの家で、寒さに震えることになる。