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北朝鮮の人民保安部は2010年10月18日から、個人用の商用車両に対する取り締まりと没収を始めた。「ソビ車(チャ)」と呼ばれる個人所有の物品運送車の増加が、昨年の貨幣改革(デノミネーション)と共に、北朝鮮経済の全般を揺らがす力を持っているからだ。ちなみに、「ソビ車」とは、外来語の「ソビス(Service)」と朝鮮語の「車(チャ)」を合わせた新語だ。

ソビ車とは一体何か?

ソビ車には2種類が存在する。1つは様々な国家機関、国営の工場、企業所が所有するバスやトラックを、市民の私的な移動や物流に提供して金を稼ぐことを指す。こうして得た収益で、労働者への食糧配給、生産に必要な原材料の調達を行う。

もう1つは、実際に個人が所有している車両を指す。生産手段である自動車の個人所有が認められていないため、機関、工場、企業所の名義で登録して、実際は個人が所有し、営業活動に使うものだ。車の実際の持ち主、書類上の持ち主、ドライバーの3者が協力してこそ成り立つシステムだ。

実際の持ち主は中国や日本から中古車を輸入し、機関、工場、企業所の幹部に話を持ちかけ、そこの登録とし、車両運行証を受け取り、ドライバーを雇う。そして、人を乗せたり、品物を運んだりして利益を得る。

利益の一部は幹部に渡す。幹部は一部を自分の懐に入れ、残りを企業所の利益として帳簿に記録する。このような仕組みが一般化したのは2000年代中盤で、従業員100人未満の生活必需品の製造工場でもソビ車を所有している。

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ソビ車の増加で、行政単位の境界線を越えた物や人の移動が大幅に増え、国境で密輸された品物も、南の黄海道(ファンヘド)、江原道(カンウォンド)まで届けられる。企業所の生産活動、取り引きや、民間人の商行為が増えた背景には、このソビ車が決定的な役割を果たしている。

ソビ車にはドライバー、修理工、補助ドライバー、荷主の合計4人が乗るのが基本だが、荷物を運んだ帰りには、運賃を取って荷台に人を乗せる。行政単位の境界線上には、日本の関所のように、移動を取り締まる哨所(チェックポイント)があるが、このソビ車に乗れば、旅行証(国内用パスポート)がなくても問題なく通過できる。名義上は特定の企業所などに属していて、そこから受け取った運行証明書を持っているためだ。ただ、検査官への酒、タバコなどのワイロは欠かせない。

北朝鮮の車のナンバーは、一目見るだけでどこの所属がわかるようになっている。最高のものは216(金正日総書記の生誕日)、727(戦勝記念日)で、中央党(朝鮮労働党中央委員会)の候補委員の車を例に挙げると、「216−11−101」などとなっていて、金正日氏から贈り物として受け取った車であることがすぐにわかる。

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また、中央党の財政経理部は02、他の党機関は11または12、内閣や行政単位は12、13、14、人民保安部(警察)は15、16、17、国家安全保衛部(秘密警察)は18、19、20、検察所は21、旅客運輸用は46と言った具合に、ナンバーの前2桁を見ると、どこに属しているかがわかるしくみになっている。

旅行証を持たずに移動する多くの一般住民は、同じソビ車でも、できるだけ威力のあるナンバーのついた車に乗ろうとする。そのため、同じ区間を移動する場合でも、ナンバーによって運賃が異なる。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)、保衛部、保安署(警察署)のナンバーが一番高く、食料品工場、人民委員会(市役所)、協同農場のナンバーは安い。

安いソビ車に乗ればどうなるのか。細々と存在する哨所を通りかかるたびに止められ、荷物の中身などにイチャモンを付けられたり、旅行証を持っているかを調べられたりする。そんなソビ車の持ち主は、トラブルを少しでも減らすために、関係各所に現金、酒、タバコを配って回るなど、「サービス維持」のために、手間を強いられる。

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ちなみに、外国人観光客が乗っている車の場合、哨所に通りかかると、書類を点検される間は足止めをくらうが、数分程度で通してもらえる。通り沿いには、ソビ車と思ったのか、乗せてくれと手を降って車を止めようとする人が現れるが、一般乗客を乗せることはないようだ。

(参考記事:北朝鮮ツアー、北朝鮮旅行は今後どうなる…実は近くて普通に行けるおすすめ北朝鮮ツアー・北朝鮮旅行

ソビ車の由来

北朝鮮は、経済難が深刻化し始めた1995年ごろから、燃料不足や停電により列車やバスの運行が事実上中断に追い込まれた。幹部に対してすら「車を利用せずに歩け」との指示が下されるほどの有様で、全国の交通がマヒ状態に陥った。

そこに最初にビジネスチャンスを見出したのは、外貨稼ぎ機関だ。中国から輸入したガソリン、ディーゼルオイルを確保していた彼らは、他の工場、企業所の輸送を請負うようになった。日本で言うところの宅配便や赤帽のようなものだ。

それに倣った各企業所は、中国の東風汽車のトラックや日本の中古トラックを大々的に輸入し、輸送業に進出して大儲けした。需要は国営の工場、企業所だけではなく、商売をする民間人の間でも高まり、移動手段としてこれらソビ車が利用されるようになった。

ソビ車の種類

ソビ車として最も脚光を浴びているのはトラックだ。荷物と人と同時に運べるからだ。機関、工場、企業所が以前から所有していたバスは長距離路線に投入された。45人のバスの通路には、プラスチック製や木製の補助椅子が置かれ、目一杯乗客を乗せた。これは、2000年代初頭まで中国でも見られたやり方だ。

日本製の中古車や中国製の中古ジープは、内部のシートを取り外し、最大11人が乗れるように改造する。1.5トンや2トンの比較的小さいトラックも、人を乗せるバスとして人気がある。

幹部の乗用車もソビ車として使われる。幹部は、専属ドライバーに「空き時間に長距離移動する人を乗せて金を稼げ」と指示する。軍の幹部も同様だ。

ソビ車はいかにして収益を得るか

中国との国境に接する羅先(ラソン)では2001年、サツマイモの値段が高騰した。咸興(ハムン)以北でサツマイモが凶作となったためだ。咸興よりはるか南の黄海南道(ファンヘナムド)では1キロ7北朝鮮ウォンだったものが、羅先では45北朝鮮ウォンもした。

羅先の商人たちは、中国製の生活必需品をソビ車に乗せ、黄海南道へと向かった。品物を売って仕入れ値の1.5割の利益を得て、帰り便に満載したサツマイモを羅先で販売し、7倍の利益を得た。

これは、かなりの先行投資を要するビッグビジネスだ。タイヤを交換し、ガソリンを満タンに入れて、運行承認書とドライバーの旅行証を得るためにワイロを支払うなどして、7万北朝鮮ウォンがかかった。しかし、諸経費を除いて6万から7万北朝鮮ウォン、当時のレートで700ドルの儲けとなった。北朝鮮の一般庶民には考えられないほどの大金だ。

ソビ車にかかる費用も千差万別だ。上述したとおり、車のナンバーはもちろんのこと、性能、積載量に応じても運賃は変わる。力のない機関の性能の悪い車を使えば、故障や哨所で止められるリスクが高まり、ワイロ、修理費など出費が増えてしまう。

ソビ車に乗り込んだ金敬姫氏

形成されたソビ車ネットワークには、上層部も関心を見せた。金正日氏の妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)氏は、1998年に視察で慈江道(チャガンド)を訪れた際の話だ。

彼女は、慈江道の江界(カンゲ)に向かう道沿いで、人混みを見かけた。ソビ車を待つ人たちだった。車から降りた彼女は、身分を隠したまま一人で歩き、人混みの中に入っていった。

しばらくすると10トントラックのソビ車が到着した。人々は、先に乗ろうと押し合いへし合いを始めた。金敬姫氏は、50北朝鮮ウォンを払って乗り込もうとしたが、彼女の正体を見破ったソビ車のドライバーは、荷台ではなく助手席に座らせた。

出発して数分後、突然どこからか声が聞こえた。

「部長同志、もう時間です」

ドライバーは慌ててあたりを見回したが、どこから声が聞こえているのかわからなかった。金敬姫の副官の声だった。実は、副官はソビ車の後ろについて走っていて、次官になったことを、彼女の腕時計に付けられた無線機で知らせてきたのだった。

恐ろしくなったドライバーは、金敬姫氏に「おばさん、もうさっさと降りてよ」と促した。彼女を降ろしたドライバーは、一目散に逃げ去った。自分の車に戻った彼女は副官に「ソビ車はとても面白かった」と話したという。