「市場さえちゃんと開いていれば、政府が助けてくれなくとも人民は自分たちの力で生きていける。私たちが市場で儲けているのを妬んで、市場が潰れるように政府が封鎖令を敷いたのだ」(恵山<ヘサン>市民のキムさん)
北朝鮮北部の貿易都市、両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)では昨年8月と11月、市の封鎖令(ロックダウン)が下された。3週間にわたって外出や物資の移動が禁じられたが、食糧の備蓄などその準備をする時間がほとんど与えられず、飢えを伴うステイホームを強いられた。もちろん、市場での商売などもってのほか。そんな市民の苦しみを代弁したのが、恵山在住のキムさんの言葉だ。
(参考記事:密入国発生で再びロックダウンされた北朝鮮国境都市)デイリーNKとの電話インタビューに応じたキムさんは「封鎖後、市場の物価が高騰した」として、上述のように市場つぶしが目的で封鎖令を下したのではないかとまで思ったと述べた。
先日開かれた朝鮮労働党第8回大会で総書記に就任した金正恩氏は、経済回復の具体的な案を示せず、「自力更生」など旧態依然としたスローガンを繰り返すにとどまった。一方で近年になり、巨大化したトンジュ(金主、新興富裕層)や市場の力を削ぎ、国家主導型の経済に戻そうとする動きも見られている。キムさんが「国による市場つぶし」という憶測に至った背景には、そのような流れもあるものと思われる。
(参考記事:【総括】朝鮮労働党大会…「核の堂々巡り」に陥った金正恩)そこには、恵山など国境地帯の独特な経済も関係する。国営企業が軒並み稼働を停止した1990年代以降、恵山は、中国との合法・非合法の貿易、物資の集積、流通の拠点として繁栄を謳歌してきた。その一方で、国境を巡る国の政策に翻弄され続けてきた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面封鎖令もそのひとつだ。市場に与えた影響は甚大なものだった。食用油、砂糖、調味料など中国製品が国境封鎖で入荷せず、価格が2倍以上に跳ね上がった。収入が途絶えた人々は、食料品や生活必需品を買う余裕を失い、市場のみならず地域経済が深刻なダメージを受けた。
封鎖令は、農民にも影響を及ぼした。いつまた封鎖令が下されるかわからないとの不安から、収穫した野菜を市場に出荷せず、自宅に備蓄する現象が広がっていると、恵山市民は伝えている。突然の封鎖令で品物を回収する時間すら与えられず、大損したということだろう。出荷が滞り、入荷する品物が減ったことが、物価高騰をさらに煽る結果を招いている。
(参考記事:コメ商人を片っ端から逮捕…物価高騰の北朝鮮)昨年の封鎖令は、脱北して中国にいた女性が、国境封鎖を破って相次いで不法に帰国したことが発端となったが、現地では「他の理由があるのではないか」との憶測が飛び交っていたという。実際、恵山に昨年11月に下された2度目の封鎖令は、金塊密輸事件に絡む脱北が原因となった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:北朝鮮の美女4人「金塊6億円密輸」犯を待つ無残な運命)
一般的には、厳しい防疫措置を発動しても密輸が絶えないことが封鎖令につながったと見られているようだが、キムさんは合点が行かない様子だ。
「密輸業者のせいで市全体を封鎖するというのは言い訳だ。コロナ感染者はいないと言っているのに、なぜここまでする必要があるのか理解できない」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局が封鎖例を下したのは、コロナ対策ではなく、政治的な理由によるものだと見ているのだ。
封鎖に伴う混乱に市民の不満が高まり、当局は昨年11月の封鎖の際に、1世帯あたりトウモロコシ5キロを配給することにしたが、物量が不足し、ジャガイモに替えられた。封鎖令発令とともにコメ10キロが配給されるとの噂も流れたが、無料配布ではなく、市場の商人に、市場価格より安く売るように強いただけだった。
封鎖に伴う市民の受けたダメージはこれにとどまらない。恵山を流れる鴨緑江の水は、洗濯、沐浴など様々な用途で使われていたが、封鎖令で川原に降りる道が完全に遮断され、飲み水にすら事欠く状況となっている。期間中に電気が供給されていたときには家でテレビを見たり、トランプ遊びに興じたりしていたが、それもせいぜい2日ほど。飲み水も食べ物も底をつきそうになっても一切外出ができないため、非常に苦しかったとキムさんは語った。
期間中に警備に動員された兵士があちこちで暴行や窃盗を働き、市民をさらに苦しめた。倉庫に保管しておいた食べ物を兵士に盗まれたとの通報が相次いだとのことだが、補償は全くなかった。
食べ物や薪の備蓄ができなかった人々が餓死したり凍死したりする痛ましい事故も相次ぎ、急病でも病院に行けずに亡くなってしまう人もいた。
(参考記事:【北朝鮮国民インタビュー】突然のロックダウンで生活困窮、餓死者も)「生活が苦しく、家を売りに出す人も増えた。恵山洞(ヘサンドン)に住んでいた一家は、家を売り払ったカネで食べ物を買い最後の晩餐をしてから、殺鼠剤(ネズミ捕りの薬)を飲んで一家心中した」(キムさん)
封鎖後に経済的ダメージが広がり、街の雰囲気も悪くなり、市民の当局に対する信頼度が下落した。
「『最高尊厳』(金正恩総書記)から『最高』を取って『尊厳』呼ばわりすることが流行している。人々は『絶対に失敗しないという尊厳だが、核兵器でウイルス一つ防げないようだ』(キムさん)