長女一家が姿を消してから、Aさんは20年間務めた人民班長の地位も奪われた。住民に「脱北者が出ないように監視の目を光らせよう」などと伝える立場なのに、家族が脱北したとあっては何を言っても説得力がない。そう悩んでいたところに、上部から解任するとの連絡が来た。それも「娘が脱北したので強制的に解任する」と、理由を公にしての解任だった。
財産も地位も奪われたAさんは、人々から後ろ指を指されるのが怖くて、家に閉じこもるようになった。あれほど忠誠を尽くしたのに、こんな酷い仕打ちをする国で、これ以上暮らしたくないという気持ちが高まった。
国に尽くす気持ちを完全に失ったAさんは、カネ儲けに専念した。家に機械を入れて、食品加工業を始めた。やがて従業員も雇えるほどに店を大きくしたが、保衛局の監視は続いた。
ある日、Aさんは従業員から信じられないような話を告白された。