Aさんは、北朝鮮では比較的恵まれた暮らしをしていた。軍人の家系で、実の兄は金正日政権時代、軍隊に豚肉12トンを提供したことで国から二重英雄の称号を授与された。血筋(出身成分)もいいことから、人民班長(町内会の会長)を20年間務め、結婚した夫も幹部だった。
ところがある日、次女が忽然と姿を消した。脱北して中国に行ったものと思われたが、特に問題になることはなかった。そして今度は、長女一家も姿を消した。このことがきっかけとなり、国に忠誠を尽くしていたAさんの人生が狂い始める。
恐喝ビジネスも
北朝鮮では、一家全員が行方をくらますと、脱北したものとみなされる。身内から脱北者が出ると、連座制で収容所送りになりかねない。韓国のNGO、北韓人権情報センターの調査によると、政治犯収容所には連座制による収容者が約3割に上ると見られるという。
(参考記事:連座制で「この世の地獄」強制収容所送り…暴かれる北朝鮮の人権蹂躙)ある日、保衛局(保衛省の地方組織)と保安局(警察署)の担当者が突然Aさんの家に上がり込んできて家宅捜索を始めた。彼らは、タンスの中はもちろん、布団を破り、壁紙を剥がし、天井やオンドル(床暖房)の中までひっくり返した。