金正恩体制から「妊婦」が次々に逃げ出している

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北朝鮮ではいま、妊娠中にもかかわらず脱北する女性が増加しているという。一体、どういうことか。

子どもが公開処刑を見学

韓国の北朝鮮専門ニュースサイトであるニューフォーカスは、昨年1月に脱北したチェさん夫婦にインタビューを行った。脱北した時、チェさんの妻は妊娠6ヶ月。そして、韓国に入国後に出産した。北朝鮮で脱北することを決意した時、家族は「脱北は子どもを生んでからでいいじゃないか」と言いながら反対した。それでも脱北に踏み切った理由をチェさんは、次のように語った。

「私たちは韓国で子どもを産みたかった。子どもに地獄のような北朝鮮を見せたくないという思いがあったからだ」

チェ夫婦が、祖国に対して絶望するのもわからなくはない。例えば、北朝鮮では子どもにも公開銃殺を見学させるおぞましい悪習が存在する。残忍な公開処刑を子どもに見せたがる親がどこの国にいるのだろうか。

また、北朝鮮には実際に「この世の地獄」と称され、暴力や強制労働、そして拷問に性的虐待が常態化している政治犯収容所をはじめとする拘禁施設が存在する。政治犯収容所には、本人に罪がなくても連座制で送り込まれ、一生を終える収監者もたくさんいる。

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北朝鮮で生きていれば、落ち度はなくても何らかの理由で政治犯収容所送りになる恐怖が常に存在するわけだ。親がこうした社会で子どもを育てたくないと思うのは至極当然のことだろう。

チェさんの妻が妊娠中にもかかわらず、脱北したもう一つの理由は、生後間もない赤ん坊を抱えての脱北は逆にリスクが高かったからだという。国境をこっそりと越える時に、乳児が泣き出せば、国境警備隊に見つかる可能性があるからだ。

チェさんが、身重の妻と一緒に脱北するのは相当な勇気がいったと思われるが、中国に逃れてからは、逆にお腹の中の子のおかげで危機を脱したという。

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「中国では脱北者であることがすぐにバレてしまう。北朝鮮の人間の多くは骨ばっていて、日焼けして肌が浅黒いからだ。しかし、身重の妻を支えつつ歩いていたおかげで、公安に怪しまれることはなかった。妻を連れていたことが幸運をもたらした」

夫婦はその後、ラオス、タイを経て、無事に韓国に到着できた。

コンドーム着用ゼロ

ヤンさんも妊娠中に脱北して韓国で出産した女性の一人だ。彼女は、3年前に脱北した姉と中国キャリアの携帯電話で時々やり取りしていた。そして姉の口から聞かれた次のような言葉が、ヤンさんの脱北を後押しした。

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「韓国には脱北者の子どもに対する無償教育や支援制度がある。子どもを育てるなら韓国だ」

姉にそう説得されたヤンさんは「子どもも韓国で育ったほうが幸せだろう」と思い脱北を決意。そして、韓国にたどり着いて出産した。

妊娠した女性の脱北が増えているのは、韓国のような国で子どもを産んで育てたいと考える北朝鮮女性が増えているからだと語るヤンさん。医療的にも劣悪で、子どもを産んだとしても明るい未来を期待できない北朝鮮よりも、優れた設備が整えられた韓国の病院で出産し、産後院で体調を整え、女性としてきちんとした待遇を受けたいと思うようだ。

韓国に到着した脱北者は、定着支援金と住宅支援金2000万ウォン(約196万円)を受け取り、毎月平均50万ウォン(約4万9000円)の生活保護が受けられる。さらに、最高で5年間の医療費免除、公立学校の学費免除など様々な支援も受けられる。韓国社会にも様々な問題が存在するが、北朝鮮当局が宣伝するような「社会主義の楽園」とまでは行かなくとも、北よりはるかにマシな環境が南にあったのだ。

しかし、韓国での暮らしに慣れず、貧困層に転落する人も少なくない。そうならないためにも、北朝鮮にいる頃から韓国での生活資金をせっせと貯める人も現れている。韓国での脱北者の暮らしがどのようなものであるかが、北朝鮮にも伝わっているのだ。

自分だけでなく、生まれてくる子どものため、妊娠というリスクがあるにもかかわらず韓国行きを選択する女性のたくましさには、恐れ入る。ただし、韓国に行けるほどの財力、すなわち脱北するための費用を賄える女性に限った話だろう。

北朝鮮経済は、マクロ的にはプラス基調ではあるものの、いまだに家族を養うため様々な苦しみを甘受する女性が少なからず存在する。なかには、わずかコメ数キロ分の現金を得るために、コンドームを着けない男性を相手に体を売る女性もいるのだ。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

子どもの未来のために韓国へ脱北する女性もいれば、売春でその日暮らしの生計を立てる女性がいる。こうした残酷なまでの貧富の差が存在するのが、今の北朝鮮なのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記