北朝鮮国民をつい脱北したくさせる金正恩体制の勘違いトーク

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北朝鮮当局は最近、一般住民を対象に脱北を防ぐための思想教育に力を入れている。ところが、これが逆効果をもたらしていると、韓国の北朝鮮専門ニュースサイト、ニューフォーカスが伝えている。

北朝鮮国内の情報筋がニューフォーカスに語ったところによると、北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)は、人民班(町内会)や教育機関で、政治講演会を開いている。そこに集められた人々は、現在の朝鮮半島を巡る情勢に対して断固として対処するという国の方針とともに、韓国に行った脱北者が生活苦に喘いでいる話を聞かされる。

その内容は、祖国を裏切った反逆者たちは韓国へ行っても人間らしい待遇をしてもらえず、韓国政府が提供した狭いマンションで、わずかばかりの生活保護費を受け取り、悲惨な暮らしをしているというものだ。そして、脱北後に北朝鮮に戻った人が「多くの脱北者は日の当たらない暗い家で堕落した生活を送っている」などと語る証言映像を見せられる。

脱北者が貧困層に陥っているという話は決してウソではない。光州市では脱北者の3分の1が生活保護を受けているなど、脱北者の貧困は韓国で社会問題となっている。

しかし、講演会で話を聞いた人々は、そのようには受け止めていない。

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「韓国政府は家もくれて生活保護費もくれるというのに、北朝鮮政府は何もくれない」と思ってしまうというのだ。これでは、韓国での方が良い暮らしをできると、国家保衛省がPRしているようなものだ。

さらに、当局の監視を恐れ、何も語ろうとしてこなかった脱北者家族が、政治講演会が開かれたことをきっかけに「実は韓国にいる家族から送金してもらっている」などといった話をするようになってしまった。

このように、北朝鮮当局の思想教育が逆効果をもたらす事例はほかにもある。

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たとえば、昨年8月に平安北道(ピョンアンブクト)の当局が行った政治講演会では「南朝鮮(韓国)や中国に電話で連絡し、内部資料を流出させ、その見返りに5000元(約8万円)を受け取っている輩がいる」との指摘が出た。

聞いた人々は、「国内の情報を売れば一儲けできるのか」と大興奮し、この話が口コミであっという間に全国に広がってしまい、冗談か本気かはさて置き「韓国に資料を売って一儲けしたい」と言う人が続出する結果を生んでしまった。

ほかにもまだある。韓国に来て7ヶ月になる脱北者キムさんは、北朝鮮にいたころこんな経験をした。

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ある日、地域の保衛局に家族全員が呼び出された。出向いて行くと、取調室のビデオで、複数の脱北女性が北朝鮮の実情について語る韓国のテレビ番組を見せられた。保衛員はある女性を指差して「これはお前の姉ではないか」と聞いてきた。顔つきは似ていたが、姉ではなかったので「違う」と答えた。

すると保衛員はビデオを止めて「今日見たことは絶対に口外するな」と言い渡し、キムさんたちを解放した。

その動画に写った脱北者女性のことが忘れられなかったと語るキムさん。

北朝鮮では一般人がテレビカメラの前で自由に語ることなど不可能なのに、韓国には脱北者が出演するテレビ番組があることを、保衛員がわざわざ知らせてくれたようだものだ。

キムさん一家はその後、脱北したのである。

脱北には相当なリスクが伴うのも事実ではあるのだが、それにも増して、北朝鮮の人々の自由への希求は強いということだ。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記