金正恩氏の「トイレ最悪マンション」の意外な狙い

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北朝鮮の金正恩党委員長の肝いりで建設が進められてきた平壌市内の高層マンション街「黎明(リョミョン)通り」が完成した。今月13日には、金正恩氏が出席の下、完成記念式典が盛大に行われ、多数の海外メディアが招待された。しかし、立派に見えるこの高層マンション、必ずしも金正恩氏や北朝鮮が自画自賛するほどのシロモノではない。

空から汚物が

一般的に、高層マンションは上層階になればなるほど価格が上がるが、北朝鮮では不人気だ。劣悪な電力事情ゆえに、エレベーターがまともに稼働しないからだ。上がるのも荷物を運ぶのも大変。水道すら使えず、地上で汲んだ水を運ばなければまともな生活も送れない。ある地方都市のマンションのトイレ事情に至っては目も当てられないという。

こうした事情から、時には「ハリボテ」と揶揄される北朝鮮の高層マンションだが、デイリーNK内部情報筋によると、平安南道(ピョンアンナムド)の住民らの間では、黎明通りの建設の裏には意外な狙いが隠されていると囁かれているのだ。

「タワーマンションは韓国軍や米軍の斬首作戦から、金正恩氏を守る『盾』ではないか」

斬首作戦とは、北朝鮮の首脳部、すなわち金正恩氏に対する先制攻撃だ。北朝鮮と米韓の間で全面戦争が勃発すれば、最終的に米韓が勝つだろう。しかし、緒戦でソウルが「火の海」にされ、経済が甚大なダメージを受けるのは避けられない。それを防ぐために、「北朝鮮が戦争を決断する前に、先制攻撃で制圧してしまおう」という考え方だ。

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確かに、北朝鮮国営メディアは、ことあるごとに「斬首作戦」や「先制攻撃」に反発しており、脅威としてとらえている。やはり、黎明通りは金正恩氏の「盾」なのだろうか。

金正恩氏のトイレ事情

かつては金星(クムソン)通りと呼ばれていた黎明通りの東端には、金日成主席と金正日総書記の遺体が安置されている錦繍山(クムスサン)太陽宮殿(以下、太陽宮殿)がある。また、金正恩氏が日常生活を送っていると言われる官邸もそこから北東に3キロのところにある。

太陽宮殿が金日成主席の官邸(錦繍山議事堂)だった頃から、一般人の往来は厳しく制限されており、昼夜を分かたず厳重な警備が行われていた。1995年には、通り沿いにあった地下鉄の光明(クァンミョン)駅が、太陽宮殿と繋がっているとの理由で閉鎖された。また、秘密警察である国家保衛省の関係者だけが住むマンションがあり、そこから地域住民の監視を行っていた。

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さらに、近隣の金日成総合大学には、1972年に完成した22階建ての2号校舎があるが、太陽宮殿が見渡せる18階から上のフロアは教員と学生に使わせず、護衛司令部が監視指揮所として使ってきた。今回、古いマンションが取り壊され、タワーマンションが多数建てられたが、入居者のほとんどが、太陽宮殿の警備を担当する人民保安省(警察)、国家保衛省、護衛司令部の関係者とその家族だという。

労働新聞は、金日成総合大学の教員や研究者が入居したと報じているが、情報筋によるとこれはごく一部に過ぎない上に、入居したのは太陽宮殿からは最も離れたところにある建物だ。

そのため、地域住民は、黎明通りの高層マンションは一般の人々のためではなく、太陽宮殿の防衛用に建てられたとの疑問を抱いているのだ。40階建て、70階建てのタワーマンションが、有事の際に敵の攻撃から太陽宮殿を守る盾となるというわけだ。そのあたりの事情を知っている朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の幹部は黎明通りを「盾のマンション」と呼び、入居を忌避するという。

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北朝鮮軍の幹部だった脱北者は、「金正恩氏は、金日成氏、金正日氏の遺体と、自分自身を守るために、黎明通りにマンションを建てさせ、警備関係者を住まわせているのではないか」と指摘する。

防衛を目的に、巨大なマンション街をつくるというのも、滑稽な話だが、実は似たような話が韓国にもあった。

韓国政府は、高度成長期末期にあった90年代前半、ソウルの著しい住宅難を解消するために「4大新都市」を建設した。そのうちの一つ、一山(イルサン)新都市は、ソウルと軍事境界線の中間に位置するが、これは市街戦に備えて設計されたことが明らかになっている。

韓国の聯合通信(現聯合ニュース)は1994年9月、当時の李炳台(イ・ビョンテ)国防相が国会で「首都圏の外郭にある新都市は、有事の際に北朝鮮の南侵を防ぐ障害物として利用する」という発言が事実であると確認したと報じた。このようなニュータウンの要塞化は、90年8月に韓国陸軍と土地開発公社の間で交わされた「一山新都市陣地化概念設計指針」などの文書に基づくもので、マンションは戦車の侵入を防ぐ方向に配置され、インテリアには軍事用に転用可能なものが使われている。

これが明らかになり大問題となったが、その後に一山の北側にも次々にニュータウンが造成され、当初の計画はあまり意味のないものとなったようだ。

金正恩氏が、防衛のため巨大なマンション街の建設に多額の資金を投入したとするなら、実にあきれた話だ。しかし、自分の身を守るためには、トイレにさえ細心の注意を払っているとされている彼ならやりかねない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記