トランプ政権は、やっぱり北朝鮮のことがわかっていない

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ティラーソン米国務長官は9日、米テレビABCの番組で、シリア攻撃は北朝鮮に対するメッセージかとの質問に対し、「国際合意に違反し他国への脅威になるなら、いずれかの時点で対抗措置がとられる可能性が高い」という、すべての国に対するメッセージだと答えた。

トランプ政権が北朝鮮の核問題を安全保障の最優先課題であるとしている点を鑑みれば、シリア攻撃は、明確に北朝鮮に対するメッセージだったことになる。

血の粛清

筆者の記憶では、米国が第三国に対する特定の武力攻撃を引き合いに、北朝鮮に警告を発した前例はない。その意味でこのメッセージは、北朝鮮に強いインパクトを与える可能性があった。

しかし、上記の言葉に続く次の発言が、その効果を相殺してしまった。

ティラーソン氏は「我々の目的は朝鮮半島の非核化と明確にしている」と強調し、一部で囁かれる北朝鮮の体制転換が目的ではないとの考えを示したのだ。

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ハッキリ言うが、金正恩体制の転換なくして、北朝鮮の核放棄はあり得ない。

ティラーソン氏のメッセージを敢えて深読みすれば、「核開発を止めるなら、体制存続を認めてやる」との意味であると解釈することができる。しかしそのような提案は、もはや金正恩党委員長には無意味なのだ。

正恩氏は国内での人権侵害の責任を追及され、「人道に対する罪」を問われようとしている。「人道に対する罪」は、戦時・平時にかかわらず、一般人に対してなされた殺戮、殲滅、奴隷的虐使、追放その他の非人道的行為、または政治的・人種的もしくは宗教的理由に基づく迫害行為について問われる国際法上の犯罪だ。

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連想される名前はアドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、ポル・ポトあたりだろうか。記憶に新しいところではスロボダン・ミロシェビッチ。いずれの人物も、「残酷な独裁者」として悪名が高い。

そしてここに、正恩氏の名前が加えられようとしているのだ。

実際のところ、彼が問われている罪の多くは彼の祖父(金日成)と父親(金正日)によって重ねられたものだ。彼らは政敵や反対派を血の粛清で葬り去ることによって、あるいは政治犯収容所に閉じ込めることによって君臨してきた。

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こうした歴史は、権力を継いだばかりの頃の正恩氏にとっては「負の遺産」と言えるものだった。しかし今や、彼にも罪なしとは言えない。正恩氏が最高指導者となって以降も、幹部や一般国民の公開処刑は行われている。

政治犯収容所などにおける人権侵害も続けられている。

こうした事実がある限り、正恩氏はたとえ核開発を放棄しようとも、国際社会から受け入れてはもらえないのだ。核を持っていても、持っていなくても受け入れられないのなら、正恩氏は「持っていた方が有利」だと考える可能性が高い。

北朝鮮外務省は、米国によるシリア攻撃を非難した報道官談話の中で「核戦力を強化してきたわれわれの選択が全く正しかった」ことが確信できたと主張している。

たしかに、シリアの戦場で行われている化学兵器使用と、北朝鮮の政治犯収容所で行われている虐殺のどちらがひどいかと問われれば、「北朝鮮の方がマシ」であるとは言えない現実がある。だから北朝鮮外務省の言う通り、金正恩体制は核兵器を持っていなければ、安全とは言えないのだ。

正恩氏は米国のシリア攻撃を見ながら、そうした確信を深めたのである。

そんな北朝鮮に対し、「核を放棄しろ。そうすれば体制を存続させてやる」と言ったところで、どれほどの意味があるのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記