包丁を振り回し秘密警察と対決…北朝鮮女性の強さの理由

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人権の概念すらまともに知られていない北朝鮮では、男性本位の風潮も相まって、悲惨な境遇に置かれている女性が少なくない。

しかし、生存本能の強さは男性も女性も変わらないはずだ。厳しい環境に置かれた女性は、強くなければ生き残れないということでもある。

北朝鮮においても女性たちは、家族を養うため様々な苦しみを甘受してきた。

しかしそんな女性らも、決して従順であるばかりではない。

中国との国境地帯に位置する両江道(リャンガンド)で、保衛員(秘密警察)に対し包丁を振り回して抵抗した女性が逮捕される事件が起きた。現地のデイリーNK内部情報筋によると、逮捕されたのは道内の金正淑(キムジョンスク)郡に住む50代の女性だ。

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この女性は、夜中に携帯電話を使って中国側の何者かと通話を行っていた。保衛局は、電波探知機による違法通話の取り締まり活動中に、これを察知した。

保衛員は、立ち入り調査を行おうと女性宅のドアをノックしたが、返事がなかった。女性は居留守を使おうとしたのだ。業を煮やした保衛員は、近くの作業場から持ってきた梯子をかけて、2階にある家に窓を割って踏み込んだ。

それを見た女性は激怒し、包丁を振り回して激しく抵抗した。しかし、あえなく制圧され、逮捕、連行された。保衛局の取調室で激しい拷問を含めた厳しい取り調べを受けているが、どのような処罰が下されるかはまだわかっていない。

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人口が4万あまりの田舎である金正淑郡では、保衛部お得意の「逮捕すると脅してワイロをせびる」という手法を使おうにも、人口も事件も少なすぎる。ようやく「カモ」を見つけたと思ったら予想外の抵抗に遭い、保衛員も逆上したようだ。

一方、女性の抵抗も故なきものとは言えない。北朝鮮刑法は第241条で「法イルクン(司法担当者)が違法に人を逮捕、拘束、勾引したり、身体や家を捜索したり、財産を押収、没収する場合には又は体または住居を捜索し、又は財産を押収、没収した場合には、1年以下の労働鍛練刑(懲役刑)に処する」と定めているからだ。

やりたい放題の保衛員とはいえ、法の存在は気になるようで、上司に報告せず、一部始終を目撃していた住民に箝口令を強いている。

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金正恩党委員会は1月末、「人権侵害はするな」という方針を国家保衛省に伝え、専横と権力乱用で金元弘(キム・ウォノン)国家保衛相を解任するなど、法イルクンのイメージ刷新を図ろうとしている。そんな中で今回の件が明らかになれば、災いを招きかねないと、この保衛員は判断したようだ。

一方、女性が中国側と連絡を取り合っていたのは、十中八九、商売のためと見て間違いない。この女性のような生活の厳しい人々の中には、「家族を食べさせるためなら、自分ひとりぐらい犠牲になってもいい」という人が少なくない。

リスクを冒しても、カネを稼がなければならないという切羽詰まった状況で「自分の食い扶持を奪おうとするやつは、保衛員だろうが保安員(一般の警察官)だろうが許さない」と考える人が増えているのである。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記