「人民が指導者に勝つなんて」朴槿恵氏の弾劾に驚く北朝鮮の人々

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北朝鮮の朝鮮中央通信は10日、韓国の憲法裁判所が朴槿恵大統領を罷免する決定を下してから、わずか2時間半後にこのことを伝える記事を配信した。これほどの速報は、異例中の異例だ。他の北朝鮮メディアも、朴槿恵氏の弾劾を求める人々が参加した大規模集会の様子から、弾劾に至るまでの過程を連日報じている。

歯向かえば死あるのみ

このような報道は、北朝鮮当局の「南朝鮮(韓国)より、偉大なる元帥様(金正恩党委員長)のいる我が国(北朝鮮)の方が上だ」と宣伝する意図を反映したものだが、北朝鮮の人々が興味を持つのは、当局の意図とは裏腹に「人民(国民)が勝利した」という事実についてだ。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、人民が大統領を権力の座から引きずり下ろしたというニュースは北朝鮮の人々に驚きを持って受け止められている。

首領(最高指導者)が考え行動した通りに、人民も考え行動することを求められ、首領に絶対的な忠誠を尽くすよう教育されてきた北朝鮮の人々にとって、人民が最高指導者に勝つということは想像を絶することだ。

北朝鮮では首領様(金氏一家)の言うことに歯向かえば命を落とすのに、韓国ではどうやって人民がデモを行って大統領を引きずり下ろすのだろうかと、人々は不思議に思っていると情報筋は説明した。

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咸鏡北道(ハムギョンブクト)の内部情報筋によると、北朝鮮メディアが伝える朴槿恵大統領弾劾のニュースを見た人々は最初、「どうせいつものプロパガンダだろう」と信じようとしなかった。中国や韓国に住む家族や親戚と電話で話し、「あれは本当なのか」と尋ねるほどだったという。

弾劾が事実であることを知った人々の間からは「我々も南朝鮮(韓国)のように社会が変わらなければならない」という反応も聞かれるようになった。

工場や企業所では朝礼の時間にお偉方が「腐った南朝鮮社会の実態が明らかになった」などと話しているが、そんなものを信じる人はおらず、むしろ韓国へのあこがれは高まる一方だ。中には「南朝鮮人民はすごい」などと語る人もいる。

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しかし、弾劾に興味を持つのは主にインテリで、一般庶民の中には興味を示さない人も多いという。北朝鮮メディアは、事件の本質を伝えることよりも、朴槿恵氏を「悪女」「売国反逆者」などと罵倒するのに熱心なため、「また何やら騒いでいる」と聞き流すのだという。

情報筋は「同じ民族の国で、あんな政治的大事件が起きたというのに、共に朝鮮半島の未来を案じることのできないこの国の現状は残念だ」と嘆息している。

(参考記事:「あんた達のせいで皆死んだ」住民見殺しで金正恩体制の権威失墜

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記