北朝鮮権力に「虐殺者の3代目」vs「罪なき4代目」の新たな構図

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マレーシア警察は10日、先月13日に同国クアラルンプール空港で暗殺された北朝鮮国籍の男性が金正男(キム・ジョンナム)氏であることを公式に確認した。果たして、遺体の身元はどのようにして確認されたのだろうか。

12日付の毎日新聞(電子版)は、日韓両政府が過去に採取していた正男氏の指紋データをマレーシア政府に提供したと報じた。その一方でマレーシア政府は、遺体を正男氏と確認するためには、親族からのDNAサンプルの提供が必要と繰り返し述べている。指紋に加えてDNAサンプルを入手した可能性が高い。その疑問を解く手がかりとなるのがハンソル氏の動画だ。

「喜び組」暴露され

マレーシア警察が遺体は正男氏と特定する2日前の8日、動画サイトであるYoutubeにキム・ハンソル氏の動画が投稿された。ハンソル氏は、このわずか40秒に過ぎない動画の中で極めて重要なことを語っている。まず、自分が金一族(金日成一族)の一員であるとしながら、「私の父が殺された」と明言したのだ。これは、北朝鮮の従来の主張に対する真っ向からの反論だ。

マレーシア警察は既に、金正恩党委員長の異母兄である金正男氏と見られる男性が猛毒の神経作用剤VXによって殺害されたことを公式に発表していた。一方、北朝鮮当局は、外交旅券所持者であるキム・チョル氏が心臓ショックによって死亡したと、一貫して主張。国営メディアもマレーシア政府を非難し、両国の関係は最悪の状況に陥っている。

こうした中で、8日に明らかになったハンソル氏の動画はマレーシア警察の主張を裏付けるものと言える。また、マレーシア警察が10日に遺体が金正男氏であると発表したタイミングからして、ハンソル氏がDNAサンプルを提供したのではないかという推測も成り立つ。

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ハンソル氏は自分と家族の安全を確保したうえで、DNAサンプルをマレーシア警察に提供し、動画を投稿。それを受けてマレーシア警察も発表に踏み切ったという流れだ。

先月13日にマレーシアのクアラルンプール空港で起きた事件は、もはや「金正男氏暗殺事件」と断言しても過言ではないが、それでも北朝鮮当局が従来の主張を覆すことはありえないだろう。また、北朝鮮当局が殺害に関与していたとしても決定的な証拠が見つかるかどうかも未知数だ。ただし、20年前の話だが、金正日総書記は喜び組スキャンダルなどを暴露した金正男氏の母方のいとこにあたる李韓永(イ・ハニョン)氏を暗殺したという過去をもつだけに「限りなく黒に近いグレー」と見られるのは避けられない。

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そして、金氏一族の正統なる4代目であるハンソル氏の存在が、3代目の正恩氏にとって極めて厄介なものとして浮上したことは間違いない。しかも、側近を無残に処刑するなど国内での人権侵害の責任を問われ、「人道に対する罪」さえ問われようとしている金正恩氏と異なり、若年でこれまでの人生のほとんどを海外で過ごし、権力からも遠ざけられてきたハンソル氏は、これといった「罪」を背負っていないように見える。

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彼は既にフィンランドでのインタビューを通じて、正恩氏を独裁者と表現した。そして、今回は父である金正男氏の死亡に関して北朝鮮当局の主張を全否定した。

こうした態度を取ったからには、ハンソル氏が北朝鮮本国へ帰国することは難しい。現時点で彼がどこにいるのかは不明だが、滞在先で亡命となる可能性が高い。

ハンソル氏の今回の動きに対して、「亡命政権樹立が早まる」などという見方も見受けられる。しかし、若干21歳の彼がそこまで見据えているのかについて筆者は懐疑的だ。動画を投稿した動機は、実の父親が殺害されたにもかかわらず、その存在も殺害された事実も隠蔽しようとする祖国、すなわち北朝鮮に対する抗議の意志が大きいように思える。それでも、その勇気には最大限の敬意を表したい。

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今後、ハンソル氏が国際社会から金正恩氏の対抗勢力のような存在として見られるのは避けられないだろう。本人の意思はどうであれ、ハンソル氏は金正男氏同様、金正恩氏を脅かしかねない存在に浮上したのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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