北朝鮮の故金正日総書記の長男で、金正恩党委員長の異母兄に当たる金正男氏が殺害された。マレーシアのザヒド・ハミディ副首相は遺体の処遇について、いったんは北朝鮮側の引き渡し要求に応じる姿勢を示した。しかしその後、正男氏の2番目の妻とされるリ・ヘギョン氏が、中国政府を通じて遺体の引き渡しを求める動きを見せていることから、見通しは流動化している。
「八つ裂き」説も
仮に北朝鮮側に引き渡されたら、北朝鮮は遺体を静かに処理するだろうというのが大半の見方だ。正男氏殺害の背後に北朝鮮当局がいるのなら、証拠隠滅を図らなければならないし、それに北朝鮮当局は今まで、金正男氏の存在を国民に隠してきたためだ。彼の存在は金正日氏の女性遍歴につながるものでもあり、北朝鮮当局はどうしても国民に明かせないのだ。
(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者)北朝鮮政府の高位幹部をつとめた脱北者はデイリーNKの取材に対し、「北朝鮮が金正男氏の遺体の引き渡しを要求しているのは、証拠隠滅のためでもあるが、国際社会の『人権攻勢』を気にし、死者を丁重に扱う姿勢を見せるためだろう」と述べた。
また「金正日氏の長男として世界的に知られている人物の遺体を海外に置き去りにするのは、はばかられる」という理由も指摘した。金正日氏の息子の遺体をぞんざいには扱えないということだ。
それでも、北朝鮮当局は彼の存在自体を徹底的に隠蔽するはずだという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「北朝鮮は、金正男氏の遺体を誰も知らないところに葬り、墓石には名前も刻まないだろう」(前出の脱北者)
北朝鮮が暗殺の疑惑を払拭するために、正男氏の死について公式に言及したり、葬儀を行ったりする可能性も排除できない。北朝鮮は、正男氏が海外で「反共和国(北朝鮮)敵対勢力」に雇われた暴漢に殺害された、と主張することもできる。ただしこの場合にもも、北朝鮮国内に金正男氏の存在を知らしめないよう、「わが民族同士」など対外向けメディアでの報道にとどまるだろう。
一方、北朝鮮が金正男氏の遺体に対して、現代社会では決して容認されないような行為を行うかもしれないとの見方を示す人もいる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面かつて北朝鮮に共鳴して韓国で左翼運動を行い、その後、北朝鮮批判に転じて保守政党の国会議員となった河泰慶(ハ・テギョン)氏は、国会の緊急最高委員会で「北朝鮮が金正男氏の遺体引き渡しを要求しているのは『剖棺斬屍』を行うため」だとの見方を示した。「剖棺斬屍」とは、一度埋葬した遺体を掘り起こし、八つ裂きにするなど遺体を損壊する、中世に行われていた極刑中の極刑だ。
正男氏が海外メディアとのインタビューで、北朝鮮の3代世襲と金正恩氏の統治能力を公然と批判したり、金正恩氏から下された帰国命令に応じなかったりしたため、極刑に処す可能性があるということだ。
北朝鮮では1990年代後半に万単位の人々が処刑されたり追放されたりした大粛清「深化組事件」で、農業委員会のキム・マングム委員長が反党・反革命分子のレッテルを貼られ、剖棺斬屍にされたとも伝えられている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、正恩氏が政権の座についてから、処刑方法は徐々に残忍さを増しているという指摘もなされている。
河氏の指摘は現状、何ら根拠のないものだ。ただ、正恩氏がこれまでやってきたことが、人々にそのような想像をさせてしまうのも事実だ。
いずれにしても、遺体は家族の元に帰らせるのが当然の結論と言える。もし、正恩氏が「自分は正男氏の弟であり、家族である」と言うのなら、まず故人の死を悔やむメッセージを発信し、マレーシア当局の捜査に全面的に協力すべきだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。