市場経済化が進む北朝鮮で、中高生が勉強もそこそこに市場やトンジュ(金主、新興富裕層)が経営する企業で働く動きが拡散しつつあるという。大学生の中には違法な商売で学費を稼ぐ学生もいるという。
背景には、一般庶民がつくりあげた草の根資本主義が国家経済を席巻し、北朝鮮経済がもはや社会主義経済ではなくなりつつあることがある。
女子大生を拷問
90年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を境に配給システムが崩壊した北朝鮮では、生計は自分の力で成り立たせることが求められる。国家や党の幹部や、それなりの地位にいる人なら、物資を横流ししたり、ワイロをせびったりして収入を得られる。しかし、地位も財力もない一般庶民は、市場で商売するしかない。
こうした北朝鮮社会の変化は大人だけでなく、子どもの社会、そして教育現場にも及んでいる。
例えば、北朝鮮は無償教育を謳い、教科書や制服といった学用品は、本来なら無料で支給されることになっている。しかし、実際はすべて市場で購入しなければならない。ちなみに、仮に無償の支給品、例えば、金正恩党委員長の「恩恵」として学校制服が支給されたとしても、子どもたちからは「ダサい。人間の価値が下がる」などと、無慈悲にこき下ろされる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面このように北朝鮮社会が大きく変化する中、午前中は学校に行き、お昼には市場に出て、親の代わりに市場での店の番をする子どもたちが増えている。さらに、学校すら市場と化しているという。
子どもたちは、学校でクラスメートと「売れ筋アイテム」の情報を交換する。ガム、キャンディ、ノートなどをカバンいっぱいに詰めて持ち込みその場で売買する。教科書などは二の次だ。
意外なことに、こうした子どもたちのビジネスに対して保護者も問題視しない。友達同士でのやり取りなので、えげつない値段交渉をすることもなく、うまく物品をまわせば市場より儲かる。むしろ、「必要なものがあれば、学校で友達から買いなさい」と言う親もいるぐらいだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面学校当局も、子どもたちの商行為をいましめるどころか、煽るも同然の行為を繰り返している。そもそも、学校自体が施設の補修、機材の購入などの費用という名目で、子どもたちの家庭から上納金を要求する。中央政府からも地方政府からも一切の予算が与えられないため、学校が独自で予算を確保しなければならないからだ。
北朝鮮では大人たちだけでなく、子どもたちも商売しなければ、学校に通うことすら難しくなっている。
こうした事情は大学生も変わらない。例えば一昨年5月、韓流ドラマのファイルを保有していたという容疑で女子大生が拷問され、悲劇的な末路に追い込まれた。女子大生が韓流ドラマのファイルを保有していた理由は、自身が視聴するだけでなく売買も視野に入れていたとみられる。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
医大生のなかには「ヤミの中絶手術」に手を染める学生もいる。無償医療制度が崩壊した北朝鮮では、産婦人科医が個人宅に出向いて行われるヤミの中絶手術が横行しているが、医大生たちが夏休みや冬休みに入ると、大学の課題そっちのけで、このバイトに勤しみ学費などを稼ぎ出すというのだ。
そして、子どもたちが商売に関わる事に対する周囲の見方も変わりつつある。平安北道(ピョンアンブクト)の内部情報筋によると、数年前までは商売する中高生を見かければ「親が悪いせいだ」と思う人が多かった。しかし、今では「親の面倒を見る立派な学生さん」と見る人の方が多くなった。
一銭の価値にもならない金正恩氏の「新年の辞」や、北朝鮮の建国神話である白頭山伝説などの勉強よりも、親の家計を助け、社会勉強にもなり、よほどためになるからだろう。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。