北朝鮮には、通称「49号病院」と呼ばれる精神病院がある。しかし脱北者の証言によると、この施設は精神疾患を治療するのではなく、患者を収容するためにだけ存在するのだという。
北朝鮮の医療は、日本や韓国などと比べると崩壊状態にあると言っても過言ではなく、開腹手術を麻酔なしで行うような有様だ。そのような環境の中にある49号病院は、さぞかしひどい状態なのだろう――このように想像する人は少なくないのではないだろうか。
ところが米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が最近報じたところによると、この49号病院が北朝鮮の金持ちたちの「パラダイス」と化しているのだという。いったい、どういうことか。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)に住む内部情報筋がRFAに語ったところによると、いま49号病院に入院している患者の大多数は、覚せい剤やアヘンなどの違法薬物を乱用し、当局から目を付けられている犯罪者たちだという。
北朝鮮国内で違法薬物がまん延していることは、これまでも指摘してきたとおりだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局はこの流れをどうにか押しとどめようと、死刑を含む厳罰をもって対処している。だからジャンキーたちにとっては、当局から目を付けられたら一大事であり、どうにか助かるための術として流行するようになったのが「精神病患者を装って49号病院に入院する」という方法なのだ。
ただ、これは誰にでもできることではない。精神病患者を装うためには、医師にワイロを払って偽の診断書を書かせる必要がある。診断書をねつ造しても、数の限られた49号病院のベッドを確保するには、さらに高額なワイロを渡さねばならない。そのため必然、49号病院の入院患者は金持ちばかりになるというわけだ。
しかし言うまでもなく、北朝鮮にも本物の精神病患者はいる。そのような人々はろくに診療も受けられず、社会から打ち捨てられるだけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、薬物を乱用しているのは金持ちたちだけではない。たとえば、貧困のため売春をせざるを得ない女性らは、商売とからんで覚せい剤を常用することが多く、性病の被害も重なって身を亡ぼすケースが多いと聞く。そのような人たちもまた、ろくな医療もカウンセリングも受けられない。
庶民が呻吟するのを横目に、薬物中毒の富裕層がカネにものを言わせて精神病院にシケ込む。まさに退廃の極みとも言える光景が、北朝鮮社会の一角に見られるのである。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。