北朝鮮の複数の治安機関が、金正恩党委員長の身辺警護をめぐって対立しているという。
韓国の大手紙である朝鮮日報によると、昨年以後、金正恩氏の現地視察における動きを秘密警察である国家保衛省(前国家安全保衛部)のトップである金元弘(キム・ウォノン)氏にも知らせないほど、警護を強化しているという。
トイレ問題が影響か
昨年2016年の金正恩氏の公開活動は、明らかに減少していた。韓国の統一省が昨年10月末に発表した分析結果によると、2013年は212回だった公開活動の回数は、2014年は172回、2015年は153回。そして、2016年は119回だった。
金正恩氏の公開活動、いわば「お出かけ」が激減している背景には、韓国で2015年の夏以降、有事において、北朝鮮の指導部や核・ミサイル施設を早期に除去する「斬首作戦」の導入論が持ち上がったことがあると朝鮮日報は分析する。きっかけとなったのは同年8月、韓国軍兵士が北朝鮮の仕掛けた地雷で吹き飛ばされた事件に端を発した、深刻な軍事危機だ。
(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間)万が一、不測の事態が発生して南北が開戦した際、最終的には米韓連合が勝利するだろう。しかし、緒戦でソウルを「火の海」にされ、経済が甚大なダメージを受けるのは避けられない。それを防ぐための作戦である。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮首脳部と金正恩氏にとって相当な効果があったようで、それが昨年の公開活動の回数激減に結びつくと同時に、正恩氏の身辺警護体制に軋轢を生じさせているのだ。
その一方で、公開活動の減少の理由としてあげられるのが、金正恩氏のプライベートに関わる問題だ。
金正恩氏が公開活動をする際、厳重な警護体制が敷かれ、正恩氏のトイレさえも制限されてしまうという。そのため、現地指導の際、一般のトイレを使用できないために、専用車のベンツに「代用品」を載せて移動しているというのだ。こうした現地指導に正恩氏がストレスを感じて遠出を避けている可能性もなきにしもあらずだ。
「喜び組」セクションが警護
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面朝鮮日報によると、金正恩氏の身辺警護は第1線の警護は護衛司令部、第2線は国家保衛省と朝鮮人民軍保衛局(北朝鮮軍の情報部隊)、第3線の外郭警護は人民保安省(警察)が担当する。しかし、斬首作戦が頻繁に囁かれるようになると、護衛司令部が3線体制を無視して身辺警護事業を独占し、国家保衛省との対立が深刻化しているという。
護衛司令部がなぜ警護事業を独占しようとするのかは不明だ。護衛司令部は、北朝鮮で超エリート部隊であり、対象者は朝鮮労働党の組織指導部護衛総局、通称「5課」で選抜される。ちなみに5課は、あの「喜び組」も統括する。それゆえ、北朝鮮で「喜び組」は「5課処女」といわれる。(注=韓国・朝鮮語で「処女」は未婚女性や若い女性の総称)
喜び組という最高指導者のマル秘情報に触れる部隊だけに、最も優遇されていると思われがちな護衛司令部だが、その一方で任務のキツさから人材難に陥っていると囁かれている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面こうした中、護衛司令部は機関の生き残りをかけて、身辺警護事業を独占しようとしているのかもしれない。
朝鮮日報は消息筋の証言を引用しながら、護衛司令部が金正恩氏の公開活動のスケジュールを国家保衛省や人民軍保衛局、人民保安省に通知せず、それぞれのトップの金元弘、チョ・ギョンチョル、崔富日(チェ・ブイル)の各氏がはらはらしているという。
米韓の斬首作戦は、あくまでも金正恩氏に心理的圧力をかけるレベルだ。民主主義国家である韓国が、国民や議会のコンセンサスもなしに、失敗すれば核で反撃されるリスクの高い作戦導入に突き進むことは難しい。それでも、今回のように北朝鮮の治安機関に軋みを生じさせているとするなら、韓国としては「してやったり」というところかもしれない。
いや、金正恩氏は「喜び組」セクションが身辺警護をすることから、意外と喜んでいるかもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。