金正恩氏の北朝鮮経済「貧富の格差拡大」の5年間

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2016年12月に金正恩氏は、指導者となり満5年を迎えた。その統治スタイルについては以前、本欄でも触れた通り「やりたい放題」がエスカレートしているが、経済面ではどのような変化があったのだろうか?

結論からいうと、金正恩時代の経済は「つかみどころの無い成長」状態が続いている。韓国のメディアや研究者の見方も同様で「何がどうなっているのか分からないものの、絶望的に景気が悪いということもない」とまとめられる。

本稿では、韓国各紙がポイントとしてあげている▲プラス成長基軸、▲経済改革、▲貧富の格差拡大という視点から見ていきたい。

(1)プラス成長基軸

韓国銀行(日銀に相当)が毎年7月に公開している北朝鮮の経済指標によると、金正恩時代の2012年から14年までは、12年(1.3%)、13年(1.1%)、14年(1.0%)と3年連続でプラス成長であった。それが15年になり、マイナス1.1%とはじめてマイナス成長となったとされる。

韓国の聯合ニュースによると、韓国銀行はマイナス成長の理由を同年にあった「史上最悪」といわれた干ばつの影響と見ている。これにより水力発電量が減り、工業分野が全面的に不振となったという。

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だがそもそも、韓国銀行の数字はアテにならないという意見も根強い。国家予算すら公開しない北朝鮮において、信頼できる統計は中朝貿易の数値以外に存在しない。そしてこれすらも密輸や非公開の取引を網羅しておらず、全体をとらえるには役不足だというのだ。

となると、別の判断基準を求める必要がある。参考になるのは、金正恩時代になってから韓国入りした脱北者の証言だ。ソウル大学の「平和統一研究院」が毎年発行している「北韓(北朝鮮)社会変動」2015年度版では、12年から15年までに入国した脱北者150人を対象に、北朝鮮での生活変化を比較している。これを見ると、住民の経済水準は年々高くなっていることが分かる。

例えば、主食がトウモロコシではなく「ほぼ白米」と答えた割合は2012年の35.7%から、15年の61.4%と大きく増加している。「肉を毎日食べる」と答えた割合も12年の3.2%から15年には22.6%と増えている。

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収入面での変化も顕著だ。毎月の家計所得が4人家族のひと月の生活費である50万ウォンを超えると答えた割合は2012年に13.4%だったのが、15年には63.2%と大幅に増加しているのだ。

この調査結果は、サンプル数の少なさと脱北者の出身地域の偏りから、やはり全てをカバーしているとは言えないものの、傾向を読み取るには十分だ。人口の約20%にのぼる携帯電話の普及率を見ても、庶民の生活は少しずつ改善されていると見るのが正しいだろう。しかし、これと貧富の格差の問題はまた別である。この点については後述する。

(2)経済改革の効果は?

それでは、この経済成長はいかにしてもたらされたのか?これについても異論が分かれるところだ。北朝鮮経済に影響を与える要因は一つや二つでない上に、政策と統計(データ)の関連性を確かめるすべも無い。

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それでも韓国の研究者の中には、金正恩氏が2012年から進める二大経済改革、「国営企業の経営自由化」と「協同農場での個人農制度の導入」が効果をもたらしたとする向きがある。

これらの改革の核心は「国家への上納分」の割合を下げることである。北朝鮮の工場や農場にはすべてノルマが存在する。このノルマを下げ、可処分所得を増やすことで生産意欲ならびに生産高を上げ、結果として上納される絶対量を増やそうというのだ。

この政策の成否を分けるのは「供給量の確保」だ。国は軍や首都・平壌の住民への食糧配給分を確保しつつ、工場や農場に対しては原材料や営農資材を自主裁量でまかなえるまでの数年間、安定して供給しなければならない。

しかし、北朝鮮経済にはその余力が無い。デイリーNKジャパン編集部が11月にインタビューした、脱北して間もない元農場幹部は「改革はすべて建前だけで、農民の生活は以前と変わらない。自分で土地を耕すなどして必死に生き延びている」と証言している。

工業部門も原材料の確保すらままならない。例えばマンションを建設する際には「トンジュ(金主)」と呼ばれる新興富裕層から原材料を借金で購入し、完成したマンションの分譲権を与える方式でやりくりしている。

だが、ここで大事なのは、金正恩氏の経済政策が建前にせよ「自由放任」を基調としている点だ。北朝鮮経済の大部分は市場経済化初期の段階であるため、「社会主義」や「国家計画」の枠で閉じ込めず放任する場合には、自然と成長していくのである。

ここが絶えず市場経済の拡散に警戒をおこたらなかった父親の故金正日総書記と、金正恩氏の決定的な違いといえる。そしてこの流れから取り残されているのが、農村と地方に代表される貧困層だ。

(3)貧富の格差拡大

先に紹介した農村幹部は「農民の多くが年間利息200%の借金地獄で生きている」と証言する。収穫物をまず国家に納めなければならないため、食べる分は借りる以外にない。さもなくば、待つのは「飢え死に」である。

このように、都市部で商売をし、4人家族の最低限の生活費毎月400元(約6,000円)を安定的に稼げる層と、そこから疎外されている貧困層に今の北朝鮮は二分されている。

この貧困層を構成するのが、農民と工場ではたらく一般労働者だ。前出の「北韓社会変動」調査の中に「北韓のなかでもっとも所得の低い職業」という項目があり、その1位が農民だ。2015年には62.3%が農民と答えているのだが、12年の51.2%と比べ増加している点も見逃せない。

2位は企業所・工場ではたらく労働者だ。とはいえ、2012年の32.5%に比べ15年には13.7%と大幅に減少している。これは都市部で市場経済が拡散したことで、職場に籍を置いたまま最低でも毎月150元(約2250円)前後のワイロを払い、何らかの副業で生活費をかせぐ層が増えたことを示している。ちなみに、普通に勤めた場合の月給は2000ウォン~5000ウォン程度(約25円~60円)と、コメ2キロの金額にも満たない。

農民は構造的に取り残されていると見る他にない。北朝鮮で農民は身分制に近いかたちで固定されており、よほどのことが無い限り、農民は世襲される。なお、3位には軍人が入る(8.9%)点も要チェックだ。彼らは体のいい生産単位として国家から見なされ、犠牲を強いられているのだ。国家に取り込まれた集団だけが中身の無い「社会主義」にとどまっているといえる。

見てきたように、北朝鮮の経済をもはやひと言で表現することは難しくなっている。こうした中、ひとまず押さえておきたいのは「市場経済化」と「貧富の格差拡大」という傾向だ。そう、世界中どこにでも見られる現象が、北朝鮮でも起きているのである。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記