相次ぐ「報復殺人」を恐れ珍しくまともな指示を出した金正恩氏

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北朝鮮で、警察組織の横暴な行為に対して住民の不満が高まっているという。対応策として金正恩党委員長が今月初め、人民保安省(警察庁)に対して、とある指示を下したという。

性暴行に拷問

人民保安省は、秘密警察である国家保衛省と並び、金正恩体制を支える治安機関だ。北朝鮮の治安機関は、明確な法的根拠もなく国民を逮捕し、正式な裁判を経ずに「この世の地獄」と称される収容所送りにする。さらには、不足する労働力を確保するため、通行人に言いがかりを付けて逮捕、労働鍛錬隊に送り込んで強制労働をさせてきた。

何らかの容疑で住民を逮捕、摘発した場合、取り調べでの拷問は基本中の基本だ。4月には、女子大生が、韓流ドラマや外国映画の動画ファイルを保有したという些細な容疑で、せい惨な拷問を加えられ悲劇的な結末を迎えた。

「人権侵害の総合商社」と言っても過言ではない北朝鮮の治安機関は、国際社会からの批判や反発を顧みず、平気で北朝鮮国民の人権を無視してきた。保安員(警察官)は、犯罪捜査の一環と称して、捜索令状なしに家宅捜索を行い、様々ないちゃもんを付けて金品をせびる行為を繰り返してきた。

凄惨な報復殺人

一方、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、金正恩氏は「警察機関の横暴に住民の不満が高まっており、何らかの指示を下すべきだ」という部下の提議書を見て、「捜索令状なしに家宅捜索をするな」という指示を出したようだ。

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情報筋によると今のところ、村の入口や道端で、通行人を捕まえて荷物検査などを行い、ケチを付けて罰金やワイロをせびる保安員や糾察隊(保安署所属の民間の取締官)がかなり減ったというから指示の効果は出ているようだ。

そうでなくても、北朝鮮では今、大増産運動「70日戦闘」に次いで「200日戦闘」が行われ、相次ぐ勤労動員で、人々は疲れ果てている。社会全体への統制も強化されている。これに警察機関の横暴まで加わると、不満が高まり、体制を揺るがしかねないと金正恩氏は考えたのかもしれない。

また、「保安員は、人民の生命、財産、安全を守るのではなく、人民の血と汗を吸って生きる吸血鬼」と住民から非難されており、凄惨な報復殺人も相次いでいる。

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金正恩氏もさすがに放っておけないと判断するほど、ひどい状況になっていたようだ。今回の指示が、北朝鮮社会全体に浸透すれば歓迎すべきことである。しかし内部情報筋は、この指示の効果は長続きしないだろうと見ている。

「悪徳保安員は、労働者や農民には獣のように振る舞い、ワイロをせびって生きている。彼らが労働党の方針を死守するわけがない。住民から搾り取るのに慣れた彼らが再び本性を現すのは時間の問題だ」

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記